エピローグ
晴れ渡った空の下、敷地の端にある人気のない林の中であたしは人を待っていた。その間に先日の卒園記念パーティでの騒動を思い返す。アドリーヌ様が捕らえられた舞台と比べると天と地の差があった。でも、今までやったことを考えるとこんなものかもしれない。
助けてあげるという言葉を信じて今までシャンタル様に協力したことでその約束は果たしてもらえた。パーティ会場で連行されずに済んだのがその証拠だ。けれど、相手の気が変われば手のひら返しで連座で処罰される可能性はある。何しろあたしは都合の悪いことを知っているから。
後悔はしていない。あたしを直接いじめた人たちもアドリーヌ様もみんな破滅した。見返したというのとは違うけど、すっきりとしたのは確か。ただ、これから自分の身がどうなるのかわからなくて怖いだけ。
林の中であたしが待っていると、向こうからシャンタル様がやって来た。いつもと同じ笑顔を浮かべて。
「お待たせぇ! 引っ越しの準備で少し手間取っちゃって」
「平気です。それと、卒園おめでとうございます。春からは王宮の女官だそうで」
「そうなのよぉ! 勤め先としてはとてもいいところだと思っているの。あなたはひとつ下だからまだ1年あるのよね。アドリーヌ様の派閥がなくなっちゃったから、これから大変でしょ。1人なんだから」
「いじめられるだけだった場所から解放されたんですから、むしろ嬉しいですよ」
「そう言ってもらえると助けた甲斐があったわねぇ」
にっこりと笑ったシャンタル様が嬉しそうに返答してきた。何も知らないと本当にかわいらしいと思える。
一瞬ぼんやりとしたあたしは小さく息を吐き出して気を取り直した。これから大切なことを確認しないといけない。
「前から気になっていたことがひとつあるんですけれど、尋ねてもいいですか?」
「いいわよ」
「どうしてあたしを助けてくれたんですか? あたしなんて放っておいても、あなたなら何とでもできたでしょうに」
「何とかできたのはそうだと思う。でもぉ、あなたが協力してくれたおかげで厄介事が減ったのは確かなのよ。それに、小瓶の件を手伝ってもらえたし」
「あれは本当に恐ろしかったですよ。あの1度きりで終わって本当に良かったです」
「そうよねぇ。それにしても、あなたが派閥の内側のことを教えてくれたおかげで、悪役令嬢とその周辺の動きがよくわかって本当に助かったわぁ」
にこやかに話すシャンタル嬢の言葉の中に一部わからない単語が交じっていた。小首を傾げた私が問いかける。
「悪役令嬢ですか? アドリーヌ様のことですよね?」
「そうよ! 実際に国を揺るがす陰謀に加担していたんですからぴったりでしょう?」
話を聞きながら卒園記念パーティでの出来事を思い出した。まるで演劇の舞台で悪役を演じる女優が舞台袖に連れ去られてゆくようにも思える。ああなるほど、もしかしたらシャンタル嬢は演劇になぞらえて例えているのかもしれない。
「そうかもしれませんね。私は悪徳令嬢と言った方がいいように思いますけど」
「悪徳かぁ。でも、悪役の方に慣れちゃっているのよねぇ」
どうもこだわりがあるらしい。私にとってはどうでもいいことなのでこの件にはこれ以上触れないでおく。
「それと、私は無関係だって証言してくださってとても助かりました」
「実際あなたには何もされていないもんね!」
私のお礼にシャンタル様が楽しそうに返答された。
舞踏会での大事件後、アドリーヌ様の派閥に属していた私たち子女は様々な扱いをされる。国を揺るがす陰謀に直接関わっていなくても、シャンタル様を攻撃していた大半の子女はそれに応じた罰を与えられた。あのとき連行されなかったからといって見逃してもらえるわけではなかったのだ。完全に無罪だったのは私のみ。
こんな露骨な扱いをされると普通は何かあったと思われるものだけど、派閥内でいじめられていたことは学園中に知られていたのであっさりと受け入れられた。何がどう評価されるかなんてわからない。
「あと1年、あなたもこの学園で頑張ってね。ただ、あんなことがあったから、婚約のお相手を見つけるのはしばらく難しいかも?」
「それは仕方ありません」
「もし在学中に見つけられなかったらどうするつもり? お城の女官だったら口利きできると思うわよ」
「嬉しいお言葉ですけど、ああいった争いはもう避けたいっていうか」
「苦手そうだものねぇ、あなた」
困った感じの笑顔を浮かべられたシャンタル嬢に私は苦笑いした。確かに、もっとさっぱりとした人間関係が築ける場所がいい。
「田舎のどこかで代筆業みたいなのをやるかもしれません」
「悪くないんじゃないかなぁ」
「ありがとうございます」
「さて、そろそろ行かなきゃ。元気でね、デジレさん。さようなら」
もう話すことはなくなったらしいシャンタル嬢は笑顔を浮かべたまま踵を返した。
それに対して私は何も返さないまま見送る。さようならという言葉がやけに耳に残った。確かにその言葉は正しい。私たちはもう会わないだろうから。
結局、シャンタル嬢がどのような方なのかはっきりとはわからないままだった。けれど、それでいいのかもしれない。
その後ろ姿が木々に隠れて見えなくなるまで私はその場で佇んだ。




