第6章 第1話「噛み合わない」
聖都を出るのは久しぶりだった。
ナタリの任務についていく、ことに、なった。
聖都の郊外に古い、遺跡が、ある。そこで、小さな異変が起きている、という。神殿が神官を送って、鎮める。その任務にナタリが選ばれた。そして、彼女は私たちを誘った。
「ちょうど、いいでしょ。あなたたちと一緒に戦うの初めてだもの。手合わせ、みたいなもの」
軽い、調子だった。けれど、私には彼女の本当の目的が、分かった。観察だ。私たちがどう、戦うのか。自分がどう、噛み合うのか。それを実地で、確かめたいのだ。机の上のデータではなく。
道中、四人はどこか、浮き立っていた。
砂の都で、ファルと。北の地で、アスリさんと。一人ずつ、仲間が増えてきた。そして、今、四人目が加わろうとしている。三人で、海底の祠を救った、あの連携にナタリの力が加わったら。私は少し、期待していた。きっともっと強くなる、と。
ナタリは、歩きながら、私たちを観察していた。
「アスリさんは踏み込みが、速い。一歩目で、間合いを詰めるのね。——なら、わたしのバフはその一歩目に合わせればいい」
「ファルのシェフは大きさを、変えられるのね。便利。でも、大きくするとその分、動きが鈍る。トレードオフ、ってやつ」
「テオは……後ろでぜんぶ、見てるタイプね。司令塔。なら、わたしの計算と合わせやすいわ」
ぶつぶつと独り言のように彼女は私たちを数字に、変えていった。前の世で、仲間の技を書き出して、組み合わせを考えたその癖が出ていた。頼もしくも、あった。けれど、今、思えば——彼女は私たちを観察してはいたがまだ一緒に戦ってはいなかった。データと実戦は違う。そのことに彼女も、私もまだ気づいて、いなかった。
「楽しみね」
ナタリが笑った。
「ちゃんと回るか、どうか。——やってみないと分からないけど」
「前衛がアスリさんで後ろがテオで、横がファル」
ナタリが歩きながら、指を折った。
「わたしが回す。バフを重ねて、デバフを撒いて。——うまく回れば、四人は三人の何倍にも、なるわよ」
回れば。その言葉に私は頷いた。期待が勝っていた。回らない、かもしれないという、考えはその時は頭になかった。
遺跡は丘の裏手の窪地に、あった。
崩れた、石組み。蔦に覆われた、柱。その奥に何かがあった。
古いからくり、だった。
石と金属で、できた、人の背丈ほどのもの。半ば、土に埋もれている。北の海で、見たあの海底の祠にどこか、似ていた。同じ、時代の同じ作り手のものかも、しれなかった。それが低く、唸りを上げ、周囲の石を不規則に震わせていた。異変、というのはこれだった。
私が、観察しようと近づいた、そのとき。
それは、Book2 の海底の祠を、思い出させた。あのとき私たちは三人で、長い時間をかけて銘文を読み弱点を見極め、慎重に根を断った。焦らなかった。一手ずつ、確かめながら、進めた。だから、勝てた。
けれど、今日は四人いる。それも、片方は回し屋のナタリだ。一気に、片づけられる、気がしていた。慎重さより、勢いが勝っていた。仲間が増えた、という、ことが私たちを少し大胆にしていた。
ファルが足を止めた。
「テオ兄」
声が硬かった。
「なんだか……嫌な、気配がします。あのからくり。前に海で、見たものと似てるけど——もっと不安定な感じが」
同じときにアスリさんも、剣の柄に手をかけた。
「足場が悪い」
低く、言った。
「崩れた、石の上だ。踏み込むと足を取られる。——急ぐな」
二人の勘が揃って、警告を、出していた。共鳴の心と均衡の感応。砂の都でも、北の地でもこの二人の勘は何度も、正しかった。本当なら、ここで、立ち止まるべきだった。態勢を整え、足場を確かめゆっくり、近づくべきだった。
けれど。
「いけるいける」
ナタリが短杖を、構えた。琥珀色の目が輝いていた。
「不安定なら、早く、鎮めればいい。わたしがバフを重ねるから。一気に、片づけましょ」
新しい、連携を試したい。その高揚が私たちの足を前に、出させた。ファルの嫌な、気配も。アスリさんの足場の悪さも。後で、何とかなると思った。四人なら、何とかなると。
それが間違いの始まりだった。
ナタリが動いた。
「——重ねるわよ!」
彼女が聖印札を、握りつぶした。自分の命を削って、力に変える。捧げ物。彼女の体から、光が溢れ、それが私たち三人に降り注いだ。体が軽くなる。力が満ちる。確かに強くなった。
けれど、早すぎた。
アスリさんはまだ、足場を確かめていた。崩れた石の上で、剣に魔を乗せる——剣魔合一には踏み込む、間合いと地面の確かさが要る。彼女が、それを整える前にバフが、来た。力だけが満ちて、振るう、構えが追いつかない。
「——ちっ」
アスリさんの舌打ちが、聞こえた。剣を、振り上げる、のがわずかに遅れた。
そのわずかな、遅れが、連鎖した。
ファルが召喚陣を展開していた。シェフを大きく、する。いつもの手順だった。けれど、そこにナタリのバフが、乗った。出力が跳ね上がった。
「シェフ、待っ——」
ファルの制止が、間に合わなかった。膨れ上がった、力にシェフ自身が戸惑った。獣が暴れた。自分の力を持て余して。召喚陣が歪み、シェフが制御を失って、暴走しはじめた。
私は、咄嗟に魔法解析を走らせた。
暴走した、シェフの力の流れを、読む。膨れ上がった魔力がどこで、渦を巻きどこで、暴れているか。それは見えた。前の世で、暴走した、反応を見るのと同じだった。どこを冷やせば、止まるか。理屈はすぐに見えた。
けれど——理屈だけでは生き物は、止まらない。
シェフは反応ではない。意思を持った、獣だ。止めるにはファルとの呼吸が要った。契約者のファルがこう、なだめるから私がこう、力の流れを補う。その二人がかりの呼吸がまだ、できていなかった。三人のときは、テオとファルの呼吸は合っていた。けれど、そこにナタリのバフという新しい変数が入った瞬間その呼吸も、狂った。
「ファル、左を——」
「テオ兄、それじゃシェフが——!」
声がぶつかった。私の解析とファルの契約が噛み合わなかった。シェフは止まらなかった。
崩れた。
四人の力がばらばらに空を、切った。ナタリのバフは宙に浮いた。アスリさんの剣は振り遅れた。ファルの獣は暴れた。私の解析は届かなかった。
四つの最善が四つの方向を向いていた。
それぞれが間違って、いたわけではなかった。ナタリのバフは強力だった。アスリさんの剣は鋭かった。ファルの召喚は力強かった。私の解析は正確だった。一つずつ、見ればどれも、見事だった。けれど、それらが同じ、一点に集まらなかった。集まる、はずのものがばらけて、互いの邪魔をした。強い力が四つ、あってそれが噛み合わないとこんなにも、もろいものなのか。
古い、からくりはその隙を突いた。低い、唸りが高くなり、震動が私たちの足元の石を崩した。アスリさんの警告した、通りだった。足場が抜けた。
四人とも、体勢を崩した。




