第6章 第2話「四人ではなかった」
撤退だった。
鎮静はできなかった。
体勢を崩した、四人を立て直したのは結局、ばらばらの力だった。連携ではなかった。
ファルがまず、動いた。暴走したシェフに駆け寄り、両腕で、抱きすくめた。獣が、暴れて、彼の頬を爪がかすめた。血が滲んだ。それでも、ファルは離さなかった。
「シェフ、戻れ! ——ごめん、無理をさせた!」
契約者の声が届いた。シェフが、震えながら、力を収めていった。暴走は止まった。けれど、それは連携の成果ではなかった。ファルが一人で、体を張って、自分の獣を抱きとめただけだった。
アスリさんが殿に立った。崩れた足場の上で、それでも、剣を構えからくりの追撃を防いだ。私は退路を解析した。どの石がまだ、崩れていないか。どこを通れば、安全か。ナタリが捧げ物の残りで、四人の傷をひとまず、抑えた。
皮肉な、ことだった。連携が崩れた、後の撤退のほうがよほど、噛み合っていた。連携しよう、と力まなかったからだ。ファルは、自分の獣を止めることだけを。アスリさんは後ろを守ることだけを。私は道を読むことだけを。ナタリは傷を抑えることだけを。それぞれが一つのことだけを、した。連携、しようとしなかったとき私たちはかえって、ばらばらに機能した。
そのことが私の頭の隅に引っかかった。何かの手がかりの気がした。けれど、そのときはまだ、言葉にならなかった。
そうやって、ばらばらの力を寄せ集めて、私たちは遺跡を出た。
誰も、死ななかった。
それだけが救いだった。軽傷で、済んだ。けれど、任務は失敗した。古い、からくりはまだ、唸りを上げている。鎮められなかった。私たちは尻尾を巻いて、逃げてきた。四人も、いて。
宿に戻る、道は重かった。誰も、口をきかなかった。ファルの頬の傷にナタリが軟膏を、塗った。シェフは、ファルの腕の中で、しょげていた。
宿で、四人は火を、囲んだ。
最初に口を開いたのは、ナタリだった。
「ごめん」
彼女はめずらしく、しおらしかった。
「わたしの計算が早すぎた。——『HP半分まで、使い切れる』って頭の中で弾いて、一気にバフを撒いた。自分のリソースのことしか、見てなかった。三人のリズムを、わたしが読めて、なかったの」
それは彼女の癖だった。前の世から、続く癖。自分の力を計算して、ぎりぎりまで、使い切る。一人なら、それでよかった。けれど、四人ではそれが噛み合わなかった。彼女の最適が皆の最適ではなかった。
「いや」
アスリさんが首を、振った。
「ナタリ殿のせいではない。我々も、ナタリ殿の速さに合わせる、訓練をしていなかった。バフが来ると分かっていれば、私はもっと早く、構えられた。——知らなかった、だけだ」
「僕も」
ファルがシェフの背を撫でながら、言った。
「バフを受けたら、シェフの出力が跳ねるって、知らなかったんです。いつものつもりで、召喚陣を開いて——シェフが自分の力に、戸惑った。シェフは怒ってます。僕に。『急ぎすぎだ』って」
獣の言葉が彼には、分かる。そのシェフが急ぎすぎだ、と言っている。連携の失敗をいちばん、体で、感じたのは力を持て余したシェフ自身だったのだ。
「あなたの神様も」
ナタリがふと、言った。
「分裂して、聞こえる、んでしょう。総本山で、そう言ってた。——七つにばらけた、声。もしかしたら、シェフが力を持て余すのとどこか似てるのかも、しれないわね。契約の神が、自分を束ねきれなく、なっている。その神の力を受け継ぐ、シェフも」
ファルがはっとした、顔をした。それはまだ、誰にも、答えの出せない問いだった。けれど、ナタリはそれを軽く、口にした。観察者として。点をひとつ、置くように。私は、内心で、それを帳面に書き留めた。後で、考えることがまたひとつ、増えた。
私は火を見ていた。
「私の解析も、届かなかった」
ようやく、口を開いた。
「暴走した、シェフを止めようと、した。理屈は見えていた。どこを抑えれば、止まるか。——でも、理屈だけでは生き物は止まらない。ファルとの呼吸が要った。私たちはまだ、その呼吸を持っていなかった」
四人の誰も手を抜いて、いなかった。ナタリは効率を。アスリさんは決定打を。ファルは出力を。私は制御を。それぞれの最善を尽くした。なのに噛み合わなかった。最善と、最善がぶつかって、崩れた。
「四人の連携は」
私は言った。
「三人の連携の延長では、ない。三人にもう一人、足せば、いいというものではなかった。——新しい、何かが要る。三人で、二年かけて、作ったリズムを四人でもう一度一から作り直さなきゃならない」
それは後退のように聞こえた。
二年。砂の都を出てから、海底の祠まで。私たちは二年かけて、三人のリズムを作った。それが今、四人目が入っただけで、崩れた。また、一から。気が遠くなる、ような、話だった。
けれど。
火を見ながら、私は思った。これは後退、だろうか。
違う、気がした。三人のリズムが完成していたから、四人目のずれがはっきり、見えた。どこが噛み合わないのか。何を直せばいいのか。今日の失敗で、それが分かった。失敗は点だ。点が打たれたから、線が引ける。
それに——と私は思い出した。撤退のときのことを。連携しよう、と力まなかったとき私たちはかえって、機能した。それぞれが一つのことだけをした、とき。
もしかしたら、と思った。四人の連携とは四人で、ひとつのことをするのではないのかも、しれない。四人がそれぞれ、別の一つのことを受け持ち、その四つが自然に噛み合うように配るのが連携なのかも。ナタリの言葉を借りれば——役割の配分。誰がいつ、何をするか。それをあらかじめ、決めておく。
まだ、ぼんやりとした、思いつきだった。けれど、今日の失敗がなければこの思いつきも、なかった。崩れて、初めて、見えるものがある。
ナタリがふと笑った。
「ねえ。今日の失敗、ぜんぶ、書いておきましょ。誰がいつ、何をしてどう、ずれたか。——次に活かせる。失敗の記録は二周目の地図になるんでしょ?」
古文書館で、私が言った、ことだった。先人の失敗が二周目の地図になる。それは私たち自身の失敗にも、当てはまった。今日のずれを記録すれば、明日の連携に、なる。
私は頷いて、帳面を開いた。今日の失敗を一つずつ、書きつけた。ナタリの捧げ物の早さ。アスリさんの構えの遅れ。ファルの出力の過剰。私の解析の空振り。四つの点。
四人は。
まだ、四人ではなかった。
けれど、その四つの点を見ながら、私は思った。私たちは今、四人になろうとしている。崩れたのは四人になりかけている、証だった。




