第7章 第1話「役割の配分」
その夜から、私たちは書き出すことから、始めた。
戦うのではなく、書くことから。
宿の卓に紙を広げた。ナタリが、まず、自分の力を書き出した。
「重ねがけ。自己に二段まで。対象に一段。効果はだいたい、一分。捧げ物を使えば、増幅できるけどその分、わたしの命を削る。回復には——半刻」
数字だった。彼女は自分の力をすべて、数字で、捉えていた。何が何秒、効いて、どれだけの間を空ければまた使えるか。前の世で、彼女がしていたことだとすぐ、分かった。仲間の技を、書き出して、組み合わせを考える。彼女の頭の中にはずっとこういう、表が、あったのだ。
「次、アスリさん」
「私の剣魔合一は」
アスリさんが考えながら、言った。
「踏み込んで、間合いを取って、剣に魔を乗せる。それに——三呼吸ほど、要る。足場が、確かなら、もっと速い」
「三呼吸ね」
ナタリが書きつけた。それから、私を見た。
「テオ。あなたの魔法解析は、どれくらいで、敵の弱点を読める?」
「相手による。古いからくりなら——力の流れを見て、十数えるほどで」
ファルの召喚も、同じように書き出した。シェフを大きくするのにどれくらい。ホルを飛ばすのにどれくらい。ナフーを出すのにどれくらい。
紙の上に四人の力が数字で、並んだ。
それを見て、私は気づいた。
第六のあの失敗のときのずれが紙の上で、はっきり、見えたのだ。
ナタリのバフは一分しか、効かない。なのに、アスリさんの剣魔合一には三呼吸、要る。私が最初にバフを撒けば、アスリさんが構える、前に効果が切れる。逆だ。アスリさんが構え終える、その瞬間に合わせて、バフを撒けばいい。
「分かった」
私は紙を指で、たどった。
「順番だ。私たちは同時に力を出していた。でも、力にはそれぞれ、要る時間が違う。だから——時間をずらして、終わりが同じ、一点に揃うように配ればいい」
ナタリの目が輝いた。
「そう、それ! わたしがずっとやりたかったこと。——誰がいつ、何をするか。あらかじめ、決めておくの。アスリさんが踏み込む。三呼吸。その終わりに合わせて、わたしが、バフ。同じ、瞬間にテオが弱点を読み終えて、ファルに伝える。ファルが、シェフをそこへぶつける」
役割を配る、ということだった。
四人で、ひとつのことをするのでは、なかった。第六の失敗で、私たちはそれをやろうとして、崩れた。みんなで、一斉に最善を尽くして、ぶつかった。
そうではなかった。
四人が、それぞれ、別の一つのことを受け持つ。テオは敵を読み、戦術を立て後ろから、支える。ファルは獣を指揮し、気配を集める。アスリさんは前に立ち、決定打を打つ。ナタリは力の配分を管理し、皆を回す。役割が重ならない。だから、ぶつからない。
「前の世で」
ナタリが言った。それから、少し言い直した。
「——ええと昔、大勢で何かを成すときも、こうだった。みんなが同じことをするんじゃ、ない。役割を、決めて、それぞれが自分の持ち場を守る。それが噛み合うと——回る」
回る。彼女の口癖だった。バラバラの力が滞りなく、巡る、状態。それを彼女は回る、と呼ぶ。第六のときは回らなかった。今度は回す。あらかじめ、設計して。
ファルが感心したように聞いていた。アスリさんは腕を組んで、紙を見ていた。武人には馴染みのない、やり方かも、しれなかった。けれど、彼女は否定しなかった。北の氏族でも、戦には陣立てがある、と言った。役割を配るのは戦の基本だ、と。
数日、訓練した。
紙の上の設計を体に覚え込ませた。アスリさんが踏み込む。三呼吸。ナタリがバフ。テオが弱点を伝える。ファルがぶつける。何度も、何度も。最初はぎこちなかった。
ぎこちなさの理由も、紙の上で、分かった。アスリさんの踏み込みがその日の体調で、半呼吸、ずれる。すると、ナタリのバフの合わせどころが狂う。私たちはそれを責めなかった。代わりにナタリが半呼吸のぶれを見越して、バフの間を調整する、術を覚えた。人は機械ではない。日によって、ずれる。そのずれを含めて、回す。それが生きた、連携だった。
ファルの役割も、変わった。これまで、彼はシェフをぶつける、役だった。けれど、訓練の中で、もう一つ彼にしかできないことが見つかった。共鳴の心で、敵の次の動きをわずかに先読みする。それを私の解析と合わせれば、弱点を読む、速さが上がった。ファルはただの獣使いではなくなった。私たちの目になった。
繰り返すうちに四人の動きが少しずつ、揃ってきた。点と点が線で、結ばれていくように。
そして、私たちはもう一度、あの郊外の遺跡へ向かった。
同じ、古いからくりがまだ、唸っていた。
第六のときに鎮められなかった、異変。今度こそ、と私たちは向き合った。けれど、力みはなかった。設計があった。
「足場、確認」
アスリさんがまず、地面を見た。崩れた、石を避け、確かな場所を選んだ。今度は急がなかった。
「弱点、読む」
私は魔法解析を走らせた。からくりの力の流れを読んだ。前と同じ、構造だった。どこを抑えれば、止まるか、見えた。
「アスリさん、踏み込みは合図の後で」
「分かった」
アスリさんが間合いを、計った。踏み込む。一、二三。剣に魔が乗っていく。その三呼吸目の終わりに——
「——今!」
私の合図と同時にナタリが、聖印札を、握った。
「重ねるわよ!」
バフがアスリさんに、降りた。剣魔合一の完成とバフの到達が同じ、瞬間に、揃った。アスリさんの剣がいつもの倍の輝きで、振り下ろされた。
噛み合った。
私が読んだ、弱点へファルがシェフを正確に、ぶつけた。シェフは暴走しなかった。バフは、すでにアスリさんに使われていたから、過剰にはならなかった。アスリさんの剣がからくりの核を断った。
唸りが止まった。
異変は鎮まった。第六のときにはできなかったことが今度は、できた。誰も、傷つかなかった。四人の力がばらけずに一点に集まった。
しん、とした遺跡で、四人は顔を見合わせた。
「……回ったわね」
ナタリが息を吐いて、笑った。
アスリさんが剣を納めながら、ぽつりと、言った。
「三人だった、頃と」
「戦の見え方が変わった」
それは北の剣士の口から、出た最大級の賛辞だった。海底の祠を三人で、救ったあのときとまた、違う。四人の戦は三人の戦の延長ではなかった。新しい、何かになっていた。
私は帳面を開いて、書きつけた。役割の配分。終わりを揃える。回る。第六の失敗が第七の設計になった。点が線になった、瞬間だった。
ナタリが私の手元を覗き込んだ。
「ねえ、テオ。あなたとわたし似てるけど、違うわね」
「どう、違う」
「あなたは原理を見る。これはこういう、仕組みだからこう、なるって。わたしは運用を見る。これは何回で何秒効くからこう、回す、って。——同じ、ものを見ても、見方が逆なの」
その通りだった。私はなぜ、を問う。彼女はどう、回すか、を問う。原理と運用。けれど、その二つが合わさったとき初めて、設計ができた。私一人なら、理屈は分かっても、回せなかった。彼女一人なら、回せても、なぜ回るのかは分からなかった。
「だから、組むと強いのよ。わたしたち」
ナタリが笑った。観察する、二人が観察を運用に変えた。それが今日の成果だった。
ファルがシェフを抱き上げて、嬉しそうに、笑った。シェフも、今日は機嫌がよかった。




