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第5章 第2話「二周目」

私たちはさらに記録をたどった。


曽祖父が何を調べ、どこへ向かったのか。


エミールの閲覧した、記録の目録が残っていた。彼がどの書架のどの巻物を手に取ったか。半世紀前の司書は几帳面だった。おかげで、私たちは曽祖父の思考の跡をなぞることができた。


彼が調べていたのは古い、地誌だった。中央の北の果て。人跡未踏の森のさらに奥。誰も、足を踏み入れない、土地。そこへ至る、道。曽祖父はその道を丹念に調べ、書き写し、そして——向かった。


「経路はこれね」


ナタリが地誌の写しを指で、たどった。


「聖都から、北へ。森を抜けて、人の住むいちばん、奥の村まで。そこから、先は——道がない。地図も、ない。ただ『中央未踏地』とだけ」


その先に何があるのか。記録は何も、語らなかった。ただ、空白。地図の果ての白い、部分。曽祖父はその白い、部分へ歩いて、いった。


驚いたのはその次だった。


エミールの記録の近くに別の名前の記録があった。同じ、時期。同じ、書架。同じ、地誌を閲覧した、別の人々。


「曽祖父だけ、じゃない」


私は頁を繰りながら、言った。


「同じ、頃に同じものを調べていた人が何人も、いる。——名前は違う。出身も、違う。けれど、調べていた、ものは同じだ」


異国の名前が並んでいた。南の暖かい、土地の名を持つ者。東の乾いた、土地の名を持つ者。そして、北の寒い、土地の名を持つ者も。皆、ばらばらの国から、来てこの聖都の古文書館で同じ地誌を調べていた。


「南の友。北の友」


ナタリが呟いた。


「あなたの曽祖父さまは一人じゃ、なかったのね。同じ、問いを持つ、仲間がいた。国を越えて。——半世紀前に」


研究者のネットワーク。半世紀前、世界のあちこちに同じ、問いを抱いた人々がいた。彼らは文を交わし知を持ち寄りそして、この聖都で、落ち合った。曽祖父はその結び目の一人だった。


私はふと思い出した。砂の都で、出会った、ファルの祖父。あの老人は私の曽祖父のことを知っているような、口ぶりだった。若い頃の友、と。あのときは深く考えなかった。けれど、今繋がった。ファルの祖父も、たぶん、このネットワークの片隅にいたのだ。若い助手として。決行はせず、生き残った側の一人として。


「ファル」


私は訊いた。


「お前の祖父さんは——若い頃、何をしていたか、聞いているか」


ファルは首を傾げた。


「えっと……昔、いろんな国の学者と文をやりとりしてた、とは。でも、詳しくは。『若い頃の馬鹿げた夢の話だ』って、はぐらかされて」


馬鹿げた、夢。生き残った者はそう、言って笑うしかないのかも、しれない。決行した、仲間は皆、帰らなかった。自分だけが決行せず、生き延びた。その後ろめたさを馬鹿げた夢という、言葉で、包んでいる。——南の友も、北の友もたぶん、同じだった。


けれど。


私は記録を追って、ある、ことに気づいた。そして、それは背筋を冷たくする、ことだった。


「……みんな、同じだ」


「何が?」


ファルが訊いた。


「この人たちの記録は——みんな、ある時期で、途切れている。閲覧記録がぱたりと止まる。同じ、頃に。中央未踏地へ向かう、と書き残して。——そして、その後の記録がない。誰も、戻ってきて、いない」


南の友も。北の友も。曽祖父も。同じ、問いを抱いた研究者たちは皆同じ場所を目指しそして皆、消えた。一人として、戻らなかった。記録はそこで、途切れ、二度と続かなかった。


古文書館の静けさが急に重くなった。


ナタリがふっと息を吐いた。


「ねえ、テオ」


彼女は皮肉なような、笑みを浮かべた。けれど、目は笑って、いなかった。


「前世のゲーム的に言うとね」


ゲーム。また、私にだけ、通じる言葉だった。ファルがきょとんとした。


「これは——『先に攻略しようとして、全滅した、パーティ』の記録よ。腕利きが何人も、束になって、挑んで。誰も、帰ってこなかった。——で、わたしたちが二周目」


二周目。先人が全員、倒れた、その跡をたどる二度目の挑戦者。私にはその言葉の重さが分かって、しまった。ファルには伝わらなかったらしく、首を傾げていた。


「ぱーてぃ……? 二周目って?」


「ああ、こっちの話。——つまり、ね」


ナタリは言い直した。今度はこの世界の言葉で。


「先に挑んだ、人たちはみんな帰って、こなかった。わたしたちはその後を行く、二度目の人間だってこと」


私は曽祖父の名を見つめた。


会ったことのない、曽祖父。世界の根本に迫り、中央未踏地へ向かい消えた、人。彼は失敗した。帰って、こなかった。それはまぎれもない事実だった。


けれど。


「曽祖父は失敗した」


私は言った。


「帰って、こなかった。それは本当だ。——でも、曽祖父が調べたことが書き残された。父に伝わった。私に伝わった。曽祖父の手紙が私をここまで、連れてきた。曽祖父の研究があったから——我々は今、ここにいる」


失敗の記録は無駄ではなかった。先人が倒れたその場所が分かっているから、二周目の私たちはそこまで、たどり着ける。一周目の屍が二周目の地図になる。残酷な言い方だった。けれど、それが研究という、ものだった。前の世でも、そうだった。誰かの失敗の上に次の誰かが立つ。


「でもね、テオ」


ナタリが言った。軽い、口調を少し収めて。


「一周目と二周目で、ひとつだけ違うことがあるの」


「何だ」


「一周目の人たちは——みんな一人で、向かったの。ばらばらの国から、来て、文では繋がってたけど最後はめいめい一人で白い地図の果てへ行った。だから、一人ずつ、消えた」


彼女は机の上の記録を見渡した。ばらばらの名前。ばらばらの国。ばらばらの日付で、途切れた、閲覧記録。


「わたしたちは違う。一緒に行く。前衛がいて、後ろがいて横がいて回す、わたしがいる。——一人なら、倒れるところを四人なら引きずってでも、帰れるかもしれない。それが二周目の強みよ」


それは希望、というより、戦術だった。ナタリらしい言い方だった。けれど、私にはそれがただの戦術以上のものに聞こえた。一人で、向かって、消えた先人たち。彼らに欠けていたのは知でも、勇気でも、なかった。仲間だったのかも、しれない。


アスリさんが低く、言った。


「北の海でも、そうだった。一人なら、死ぬ戦がある。三人なら、生きて帰れた」


ファルも、頷いた。シェフが彼の肩で、小さく、鳴いた。


「北の友」


私はふと思った。第四の祭壇で、私たちは聞いた。声を発さない二柱。次の仲間がいる地は東と北だ、と。そして、半世紀前の研究者の中にも、北の友がいた。北の寒い、土地から、来た研究者。——偶然、だろうか。


私は帳面を開いた。


曽祖父の名。半世紀前の研究者たち。中央未踏地への経路。全員、消息不明。書きつけながら、私は思った。


この記録は警告だ。同じ、問いを抱いた者は皆同じ場所で、消えた。私たちも、そこへ向かおうとしている。


けれど、私たちには先人にはなかった、ものがある。仲間だ。砂の子と剣の人と観察する、神官の娘。そして、これから出会う、二人。一人で、向かって、消えた先人とは違う。


筆を止めて、私は古文書館の奥の闇を見た。半世紀前、ここから、北へ白い地図の果てへ歩いていった人々の背中が見える気がした。


半世紀前。


全員が同じ場所へ向かい、消えた。

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