第4章 第3話「機能して、いない」
その夜、私たちはナタリの私室に集まった。
六柱を巡ったあとだった。
誰もすぐには口を開かなかった。窓の外はもう暗かった。ナタリが蝋燭を灯した。机の上に、あの分厚い帳面が開かれていた。今日巡った六つの祭壇の記録が、新しい頁に書き込まれている。
イリヤもいた。付き添いとして聖域をともに回った彼を、ナタリが誘ったのだ。「見た者が多いほうがいい」と。イリヤは断らなかった。彼自身、今日見たものをどう受け止めればいいのか、まだ決めかねている顔をしていた。
最初に口を開いたのはナタリだった。
「整理、するわよ」
彼女は帳面の頁をたどった。
「当事者の三柱は、もともとデータがあった。賢者神は声が痩せていく。契約の神は分裂する。戦の神はいちばん健やかなはずなのに、声が短くなった。——そして今日、残りの三柱も見た」
彼女は頁をめくった。
「大地の神は声を発さない。ファルがかろうじて遠い震えを感じただけ。導きの神——わたしの神は、十年前と一字一句同じ言葉を繰り返すだけ。創造の神は、声の代わりに重い悔いの気配だけ」
ナタリは顔を上げた。
「六柱、全部揃ったわ。データと体感が」
アスリさんが低く言った。
「私の神の声、すら」
剣の人は膝を抱えて火を見ていた。
「短くなった。前は、もっと語ってくれた。今日は一言だった。——いちばん健やかなはずの神が、だ」
その一言が重かった。最も明瞭で、最も迷いのないはずの神。その神でさえ、語る言葉が短くなっている。三柱だけなら偶然と言えた。けれど、六柱すべてが、それぞれの形で、こちらから遠ざかっている。
私は帳面を閉じた。
もう点ではなかった。線でもなかった。六つの点がすべてひとつの方向を向いていた。それは形だった。私がずっと見ないようにしてきた形。
言わなければならなかった。確かめた者の責任として。
「神々は」
私は言った。火明かりの中で。
「——機能して、いない」
言ってしまった。
これまで私はずっと、疑問符で止めてきた。遠い気がする。痩せている気がする。気のせいだろうか、と。砂の都でも北の地でも、断じることを避けてきた。けれど今夜、六柱が揃った。もう避けられなかった。
「賢者の神は新しく語ることができない。すでに書かれたものを繰り返すだけ。まるで記録になってしまったように。契約の神は一つでいられず、いくつにも分かれてしまう。戦の神は語る力が短くなっている。導きの神は同じ言葉を繰り返すだけ。大地の神はほとんど声を発さない。創造の神は悔いを抱えて沈黙している」
私は一つずつ並べた。
「これは衰えだ。神々は私たちに応える力を失いつつある。——意図して退いているのではない。意図せず、そうなっている。神々は、機能して、いない」
部屋が静まり返った。ファルが息を呑んだ。アスリさんは火を見たまま動かなかった。ナタリは私を見て、それから小さく頷いた。同じ結論に彼女もとうにたどり着いていた。けれど、それを声にするのは初めてだった。誰かが口にするのを待っていたのだ。
「——テオ」
イリヤだった。
彼は青ざめた顔で私を見ていた。今日、同じ六柱を巡った。同じ沈黙を聞いた。それでも彼は首を横に振った。
「神殿は、それを謙抑と呼びます」
声が震えていた。けれど引かなかった。
「神が応える力を失ったのではなく、あえて応えるのを控えておられる、と。あなたの見たものは確かです。私も今日、同じものを見ました。——でも、それを衰えと読むか、謙抑と読むかは、まだ決まっていない。あなたの確信も——解釈の一つに過ぎません」
私は彼を見た。
反論はしなかった。彼の言うことにも、まだ筋はあった。今日の判別条件では決着はつかなかった。神に強く呼びかけたとき、賢者神は——何かに触れさせはした。けれど応えはしなかった。それを、力がないからと読むか、あえて答えないと読むか。私にはまだ、どちらとも断じきれなかった。
「お前の言う通りだ」
私は言った。
「私のこれは確信だ。だが証明ではない。お前の謙抑という読み方を、私はまだ覆せない。——けれど、私は神々が機能して、いないと確信した。その上で進む」
イリヤは何も言わなかった。ただ目を伏せた。彼は信じたいものを守った。私は見たものを確信した。二人のあいだに結論は出なかった。けれど、それでよかった。確信は独善では、なかった。彼の謙抑を経てなお、残った確信だった。
ナタリが帳面を指で叩いた。
「で。一つ、面白いことがあるの」
彼女は六柱の記録を見渡した。
「六柱の中で、いちばん声を発さなかったのは——大地の神と創造の神。この二柱だけ今日、ほとんど何も聞こえなかった」
私もそれに気づいていた。痩せても、分裂しても、短くても、ほかの四柱はまだ声を発した。けれどこの二柱だけは、沈黙に近かった。大地の神は遠い震えだけ。創造の神は悔いの気配だけ。
「神がいちばん機能して、いない、ということは」
ナタリが言った。
「その神のお膝元には——わたしたちと同じ問いを持つ誰かが、いるのかもしれない。神が応えないぶん、人が自分で答えを探しているかもしれない」
それは飛躍だった。けれど根拠のない飛躍ではなかった。私たち自身がそうだったからだ。神が遠いから、私たちは自分で見て、考え、点を打ってきた。神が最も沈黙している地に、私たちのような者がいる。——あり得る話だった。
「大地の神に対応する地は、東」
ナタリが言った。
「創造の神に対応する地は、北。——次に会うべき仲間がいるとしたら、そのどちらかよ」
私は帳面を開いた。
今日確かめたことを書きつけた。神々は機能して、いない。それはもう疑問符ではなかった。句点だった。私は初めて、それを句点で書いた。
けれど、書きながら新しい問いが湧いた。それはこれまでのどの問いより重かった。
神々が機能して、いない。それは分かった。確信した。——では。
私は筆を止めた。
では、誰が。
何を、できるのだろう。
神が応えないなら。神が衰えていくなら。私たちは——いや、私は、それに対して何ができるのか。観察して、点を打って、線を引いて、確信した。その先に何があるのか。何をすべきなのか。
その答えは、まだどこにもなかった。私はただ確信を得ただけだった。確信は出発点であって、答えではなかった。
火が爆ぜた。ナタリも、ファルも、アスリさんも、イリヤも、誰もその問いに答えなかった。答えられる者は、まだこの部屋にはいなかった。たぶん——東か北の、声を発さない神のお膝元で、私たちはその答えの欠片を、拾うことになる。




