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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
7話 アンネ・マクブライン

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幕間 (前編)私のヒーロー

 王都の外れに、古い長屋が並ぶ一角がある。

 石畳が整っておらず、路地は狭く、夜になれば街灯も灯らない。間違っても、貴族の馬車が迷いこむような場所ではなかった。


 冬の夕暮れ時、その路地を一人の浮浪者が歩いていた。

 くたびれた外套。

 くすんだ色の帽子を目深に被り、背中を丸めてとぼとぼと歩く。

 汚らしい格好だ。

 手には、ぼろ布に包まれた小さな荷物だけが見える。


「また来たよ」

「あの物乞い、懲りないねえ」

「いつもルーシーさんのところへ行くんだろう? 無心しても、たかれるものなんてないだろうに」


 路地の住人たちが、窓越しにひそひそと言葉を交わす。

 浮浪者はそれを聞いているのかいないのか、足を止めることなく長屋の奥へと進んでいく。

 一番端の扉の前で、立ち止まった。

 三度、小さくノックする。


「……ビオラかい?」


 扉の向こうから、しわがれた声が届いた。

 まもなく、扉が静かに開く。

 出迎えたのは、小柄な老婆だった。ルーシーという名の女性だ。白髪を無造作にまとめ、薄汚れた割烹着を身につけている。


 その目は澄んでいて、深いところに穏やかな光をたたえていた。


「寒かっただろう、早く入りな」


 促されるままに浮浪者が中へと入る。部屋の奥には、出迎えるように小さな暖炉の火が揺れていた。


 ビオラは帽子を脱ぎ、外套を椅子の背にかける。

 その下には、ほかの場所では決して見せないような、素朴な装いがあった。


「今月分です」


 ぼろ布の包みを解く。

 中からは信じられないほどたくさんの硬貨が顔を表していた。中身を確かめたルーシーが、かすかに目を細める。


「また増えているじゃないか」

「収入が多かったものですから」

「嘘をおつき」


 ルーシーは包みをテーブルに置き、ゆっくりとビオラのほうを向いた。心なしか、受け取るのを拒んでいるようにも見える。


「あんたの顔を見ればわかる。ずいぶんと無理をしているよ」

「ふふ、していませんよ」


 ビオラは花のように笑う。

 その笑顔に、ルーシーは胸が打たれたように、悲しげな表情を浮かべた。


「もう十分……十分だよ、ビオラ。息子のために、お前は必要以上のことをしてくれた」


 ルーシーの声が、少しだけ震えていた。


「もう自分のために生きるんだ……。幸せになるんだよ。正式な婚約もしていない間柄じゃないか。こんなにはしてもらえないよ。あの子はそういう星のもとに生まれたんだ」


 ビオラはすぐに答えなかった。

 代わりに、テーブルの上の包みを老婆のほうへと押しやる。


「いいえ。心配しないでください、お義母さま。ハインリッヒ様の治療費は、必ず私が負担します。どれだけ高額だろうと、すべて私につけてください。絶対に払いますから」


 絶対という言葉がふさわしいほどに、ビオラの目に宿った意思は固く見えた。


「……。馬鹿な子だよ、あんたは」


 ルーシーが鼻をすする。

 ビオラは何も言わず、ルーシーの言葉を待った。


「あの子も、お前以上に馬鹿だった。どうして、あんたみたいなのを残して死のうとしたんだ…….」


 老婆は暖炉の炎を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。

 声が途切れる。


「ハインリッヒは最後の日、あんたに会いに行くと言っていた」


 ビオラの手が、膝の上でかすかに動いた。


「……私は何も」

「疑っているわけじゃないさ。ただ、私も不思議なんだ。嘘をついてまでどこに行こうとしたのか……。同じ人間が、この世に2人といるはずないのにね」


 ハインリッヒが首を吊ったのは、一昨年の冬のことだった。冬なのによく晴れて、少し暑いくらいの日だったので、ビオラはよく覚えていた。


 ハインリッヒがどうして自殺をしようとしたのか、その理由をビオラはいまだに知らない。

 知らせを受けて駆けつけたとき、縄の外されたハインリッヒにはすでに呼吸がなく、一命は取り留めたものの、それからついぞ目を開けることがない。


「そろそろ失礼しますね」


 ビオラが立ち上がる。

 ルーシーが、小さな声で「気をつけて」と言った。

 扉を閉めるときも、ビオラは振り返らなかった。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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