65 義賊という不快(6)
キャサリンは話を続ける。
「来月の演奏会もお聴きしたいと思っています」
「ぜひ来てください」
アンネが嬉しそうに言う。それから、はっとしたように表情を改めた。
「あの……本当に、来てくれますか?」
「ええ、もちろん」
キャサリンが微笑めば、ようやくアンネはほっとしたように笑った。
そこからはしばらく、音楽の話が続いた。
演奏会で歌う予定の曲のこと。
最近、熱心に練習している技法のこと。
目標にしている声楽家のこと。
アンネは話しながら次第に身を乗り出していく。テーブルの上に肘をついている自分に気がついて、はっとして姿勢を直すという動作を3回もくり返した。
――頃合いかしら?
そろそろアンネとも打ち解けて来ただろうと、キャサリンは話題を変える。
「最近の調子はいかがですか? 先日の慈善舞踏会では、あまりお声の調子がよくなかったように思えたのですが……」
アンネが眉を寄せる。
「……そうなんです。喉が荒れていたわけじゃないんですけど、あの日はうまく力が出て来なくて……。不完全燃焼のまま終わってしまいました」
「原因に何か心当たりが?」
「どうなんでしょう……。薬草の配合は、いつもと同じにしていたはずなんですが……ちょっと私の管理が雑だったのかもしれないです。反省です」
しょんぼりとアンネが肩を落とす。
――アンネ嬢もドリンクを疑っているのね……。
このぶんだと、原因はそれで間違いないだろう。そうだとするなら、夫人の行動についてアンネにも注意を払わせたほうがいいかもしれない。
――でも、アンネ嬢は絶対に腹芸が苦手よね……。
教えるべきかどうか、キャサリンは悩んだ。
不確かな状態のままでは、アンネを混乱させるだけだ。不用意なアンネの行動は、大事な人間関係にさえもヒビを入れかねない。
――明言は避けましょうか。
結論を導いたキャサリンがアンネに声をかける。
「くれぐれも管理にはお気をつけてくださいな。特に、人から受け取ったものは要注意でしてよ」
「人から受け取ったもの?」
「ええ。思わぬ産地の薬草が、混入していることもありますから。私も詳しいわけではないのですけれど、産地によっては薬効が強く出てしまうこともあるようですわ。微妙な調整が必要なものは、慎重になっても損はいたしません」
嘘ではない。
ソフィアやリディアからの伝聞だが、薬草の出来によっても成分に違いが出るという話だった。
キャサリンの話に、アンネは神妙な顔でうなずいた。
「気をつけま……」
通りに面した窓から、馬車が横切るのが見えた。アンネの視線が、それを追うように窓の外に向く。アンネの表情が少しだけ変わった。
気のせいかとも思ったが、間違いない。
口元が固く引き結ばれ、外を見つめる目に異なる色が混じった。
――あら……。会いたかった人でも見かけたのかしら。
キャサリンも窓の外を確認したが、もう馬車は通り過ぎていた。
しばらくしてから、アンネが視線を戻す。表情はいつもの明るさに戻っていたが、どこかに力がいった跡がある。
「アンネ嬢」
「……。はい」
「ヒューゴ様とは、最近も会っていらっしゃるの?」
驚いたようにアンネが目を丸くする。
「……。最近は少し、忙しそうにされているので」
「そう……」
「家のことで色々あるみたいで、あんまり連絡も来なくて……。そういう時期なんでしょうね、きっと」
取り繕っていた。
決してうまくはなかったが、誤魔化そうとする意志だけははっきりと見える。
「その前後で何か変わったことでもありましたか? 様子が変わったとか」
アンネが少し黙る。
「……。ちょっと前に会ったとき、なんだか元気がなさそうな感じがしたので、聞いてみたんですけど……大丈夫って言われちゃって。でも、目がだいじょばなくて」
「平気じゃないとわかったのね」
「はい。ヒューゴのことなら、目を見ればわかります」
迷いなくアンネが言った。
それからすぐに、思い出したように口元を押さえる。
「あの……違くて。さらっと言っちゃいましたが、全然その……」
「いいのよ」
キャサリンはやんわりと笑う。
アンネが手の中でカップをぎゅっと握った。
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