幕間 雪解けの庭で(3)
それから数日後、エドワードの近況がベアトリスの耳にも届いた。
持ちかけた縁談が片端から断られているらしい。
社交での評判が悪いのに加えて、財政が予想以上に悪化していることが、少しずつ知れ渡り始めているようだった。ビオラへの支出の全貌が明らかになったためだというのが、執事づての情報だ。
エドワードは被害者として同情を求めようとしているそうだが、ベアトリスへの仕打ちが周知された今、その訴えはほとんど力を持っていない。
「……」
ベアトリスはその話を、特に感想を持たずに聞いた。
溜飲が下がるということもなく、これでよかったという気持ちが強くあるわけでもない。
ただ、自分から遠い出来事のように感じられた。
✿✿✿❀✿✿✿
雪が小康状態になった日の午後、アーサーがまた屋敷を訪ねて来た。
「外に出よう」
開口一番にそう言ったアーサーに、ベアトリスは少しだけ目を丸くした。
「外ですか?」
「庭でいい。久しぶりに、新しい空気を吸ったほうがいいだろう」
アーサーの言い方は、やっぱり少し強引だ。
それでも、ベアトリスは上着を手に取る。
二人で中庭に出た。雪は止んでいた。
地面に積もった白色が、冬の日差しをやわらかく跳ね返していた。息を吸うと、冷たい空気が肺の奥まで届く感覚がある。
「……。たしかに、気持ちもいいかもしれないですね」
ベアトリスがぽつりと言う。
「そうだろう?」
アーサーが得意げに返した。そんなアーサーを、ベアトリスが小さく笑う。
「なんだ?」
「いいえ」
ベアトリスは白い息を吐きながら、枝だけになった木々を眺める。
「……。春になったら、あの植物園に行かないか」
「植物園……」
「昔一緒に行ったことがあるだろう。覚えていないか?」
もちろん、覚えている。忘れるわけがない。
あの日は雨が降り出して、小さな東屋で雨宿りをした。水滴が葉を叩く音の中で、なんでもないことを話した。
アーサーは傲慢なだけで博識だ。帰り道には、ベアトリスに植物の名前を一つひとつ教えてくれた。メディニラ・マグニフィカという桃色の花は、今でも印象深く残っている。
「……覚えています」
今度は、ちゃんとした返事ができた。
アーサーは短く「そうか」と答えから、いくらかの間を開けてもう一度口を開く。
「……。あのときは、俺が先に帰ってしまっただろう?」
「……」
ベアトリスは何も答えない。
用事を思い出したと言って、アーサーは勝手に帰ってしまった。
いつものことだと思ったベアトリスは、特に気にしていない。この人と付き合うということは、こういうことなのだろうと思っていた。
「あれは嘘だ」
「……?」
「用事なんてなかった。ただ……このままお前と一緒にいたら、何か変なことを言ってしまいそうで……だから逃げた」
ベアトリスがアーサーを見る。アーサーは庭の木を眺めたまま、こちらを振り向こうとしない。気のせいだろうか、その横顔が少しだけ赤く見えた。寒さのせいで頬が赤くなっているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
ベアトリスには判断がつかない。
「変なこととは?」
思わず、口を衝いて言葉が出てしまった。
アーサーは答えない。
決して言いたくないわけではないのだろう。そうであれば、そもそも自分から話題を振っていないはずだ。本当に、どう言えばいいものか迷っている様子だった。
「逃げずともよかったですのに……」
ベアトリスがつぶやく。
冬の枯れ木は近くで見ると意外と複雑な形をしていた。枝が伸びて、また枝が伸びて、そのどれもが空に向かっている。
「そうだな……。そうすればきっと、エドワードとも……。すまなかった、俺のせいだ」
謝ってほしかったわけではないと、ベアトリスは内心で苦笑する。
だが、きっと春の植物園では同じことが起こらないだろうと、確かな手ごたえもベアトリスは感じていた。
「植物園ですね?」
「そうだ。そこからやりなおさせてくれ」
ベアトリスがアーサーを見る。今度はアーサーもベアトリスを見ていて、その視線はもう二度とベアトリスを離そうとしなかった。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




