幕間 雪解けの庭で(2)
アーサーが帰ってしばらくして、執事が部屋に入って来た。
「お嬢様、少しよろしいですか?」
その声音がいつもと違う。
ベアトリスが顔を上げると、執事は言いにくそうに口元をへの字に曲げていた。
「どうしたの、爺や?」
「エドワード様から、文が届いております」
ベアトリスは黙ったまま、手紙を受け取った。
封を開ける前から、大方の内容は想像がついた。
そして、案の定だった。
『誤解があったのかもしれない。もう一度、話し合う機会をいただけないか?』
短い文だった。
筆跡は以前に比べて少し乱れている。
「……」
ベアトリスはしばらく、その紙面を見つめた。
怒りはなかった。
悲しみも、今さらなかった。
ただ、奇妙なほど静かな気持ちがあるだけだ。
2週間前の自分なら、迷っていたかもしれない。
誤解というならば話くらいは聞かなければいけないのではないかと、相手の言葉の余地を探してしまっていたはずだ。
でも今は、そうしたいと思わなかった。
あの日々に、誤解と呼べるものはひとつもなかっただだろう。
エドワードは退屈そうにしていた。無関心を向けられた。自分から申し出るよう、じわじわと追い詰められた。すべて、現実に起きたことだ。誤解ではない。
「お返事はどうなさいますか?」
「不要でしょう」
執事が一礼して、下がっていく。
ベアトリスは手紙を折り畳んで、机の引き出しの中にしまった。捨てなかったのは、なんとなく現物を残しておいたほうがいい気がしたからだ。
窓の外で、風が鳴った。雪はまた少し降り始めていた。
✿✿✿❀✿✿✿
翌日にエドワードとばったり会ったのは、まったくの偶然だった。
王都の目抜き通りを歩いていたベアトリスは、向こうから歩いて来る人影に気がついて、一瞬だけ足を止めた。
エドワードも気がついたようだった。
その顔に、一瞬だけ何かが浮かんで、すぐに消えた。
「ベアトリス。少し、話せないか?」
エドワードが足を止める。
ベアトリスは穏やかに、だがはっきりと告げる。
「申し訳ありません。話すべきことは、何もございませんので」
エドワードの顔が動く。
何かを言いかけた次の瞬間――。
別の声が後ろから聞こえた。
「ベアトリス?」
名前を呼ばれて振り返れば、そこにはアーサーが立っていた。
いつの間に来ていたのか、まったくわからない。エドワードを一瞥したアーサーが、ベアトリスの隣に並ぶ。
「行くぞ」
そのままアーサーがベアトリスの腕を引く。
ベアトリスはちらりとエドワードを見た。エドワードは何も言わなかった。言いたそうな顔をしていたが、結局、言葉は出て来なかったようだった。
しばらく歩いてから、ベアトリスがアーサーに小声で言う。
「私1人でも断れましたのに……」
アーサーは少しだけ不服そうに答えた。
「……。わかっているさ。それでも、あいつをどうにかするのは俺でありたかったんだ」
前を向いたまま、ベアトリスが目を細める。
以前のアーサーなら、きっとこんなことは言わなかった。
ただ黙って割りこんで、なんとなく連れ帰っていたはずだ。
言葉にすることを、アーサーが少しずつ覚えようとしているのだと、ベアトリスは理解した。
「あ、ありがとう……ございます」
ベアトリスの小さな声に、 アーサーはぶっきらぼうに返す。
「礼を言われるようなことじゃない」
そうしてまた、2人の間に静かな時間が流れはじめる。
石畳に積もった雪が、踏みしめられて小さく鳴った。
冬の通りには、きっと話し声はいらない。
足音だけで十分だ。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




