59 献身ということ
冬の王都は、いつ見ても静かだ。
「……」
キャサリンは頬杖をついたまま、窓の外を眺めていた。
頭の中では、さっきまでのベアトリスの顔が浮かんでいる。
首を横に振ってしまったと言った顔。
翌日、ちゃんと話せたと言ったときの顔。
本の主人公はきっと幸せになれると笑ったときの顔。
――それ自体はよかったとは思うのだけれど……。
まだ胸の中に何かが引っかかっている。
「エマ」
「どうかなさいましたか?」
キャサリンが窓から視線を外して、膝の上に視線を落とした。
「ベアトリス嬢は、もう長いことアーサー様に合わせてきた方ですわね」
「幼い頃からずっとになりますでしょうか」
エマがあっさりと返す。
「……。自分の気持ちを後回しにして、相手のペースに合わせて……それが当たり前になってしまっている。言葉が増えるのは、せいぜい自分1人で行動が完結してしまう本の話をするときだけ。……これからも、きっとそうなのでしょうね。改善されたとはいえ、アーサー様の王様気質は急になくならないでしょうから」
「そうかもしれませんね」
エマはキャサリンの主張を軽く受け流すだけで、同伴者にはなってくれそうにない。
そこにもやもやっとした気持ちを覚えながら、なおもキャサリンは続けた。
「献身的すぎると思わない? 自分のことは後でいい。相手のことが先。そうやって生きていると、いつか自分と呼べるものがなくなってしまうような気がして」
キャサリンが独り言のように言う。
――とてもじゃないけれど、私には真似できないわ。
真似したいとも思っていないだろうが、キャサリンは遠い目をして窓の外を見つめた。
部屋に持ち帰るほど深く考えるつもりはなく、また、エマに答えを求めているわけでもなかった。
ただ、どこかには置いておかなければいけないような気がして、つい口から出てしまったのだ。
「……エマ?」
いつまでも口を開かない侍女を不審がって、キャサリンが疑問の言葉を重ねる。
しばらくの間、エマは口を閉ざしていた。
重要な問題ではないのだから、もうこの話はやめておこうとキャサリンが考えたとき、ようやくエマがキャサリンに返事をする。
「……。支えたい人がいるというのは、幸せなことだと思いますよ」
淡々とした声音だ。
そこに怒りも悲しみも込められてはいない。
だが、キャサリンははっとした。
――そっか、エマは……。
旦那と死別している。
どれだけ相手のことを恋い慕っていても、もう二度とその人物とは会うことができない。
支えたい人がいる。生きて会うことができる。
エマにしてみれば、それはいったいどれだけ贅沢なことだろうか。
――仮にそうでなかったとしても……。
キャサリンはエマに支えてもらっている。侍女としての表面的なものだけではない。それはもはや、単なる雇用関係とは言い切れないほどに深い部分で結ばれたものだ。
そんなエマに対して、献身さを無意味だと否定するような発言をしてしまった。
ほかでもなく、それはエマを否定しているに等しい。
キャサリンはひどく、己の浅はかな発言を悔やんだ。
「……。ご、ごめんなさい。エマ、あなたには本当に感謝しているの。普段はちょっと生意気な娘かもしれないけれど、見捨てないでちょうだい」
キャサリンを一瞥したエマが、小首を傾げる。
「おや、急にどうなさいましたか、お嬢様? 私は一般的な恋愛の話をしたつもりですが……」
かっとキャサリンの頬に朱が差す。
憤慨したキャサリンがエマに退室を命じていた。
「エマぁ!? 出ていきなさい!」
くすくすと笑ったエマが言われたとおりに、応接室から出ていく。
自分のいる場所が自室ではなかったことに気がついたキャサリンは、今から自分で外のエマに会いに行かなければならないことを理解し、恥ずかしさからもう一度侍女を恨んだ。
逆恨みだった。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




