55 慈善舞踏会の夜(3)
ビオラとニコラス殿下のやり取りを、エドワードは落ち着かない様子で眺めていた。
最初は気にしていなかったようだが、時間が経つにつれ、その表情は如実に変わっていく。
視線がビオラに向く回数が増えた。
ビオラが別の男性と談笑するのを見ていたときとは、明らかに違う緊張感だ。ニコラス殿下の正体は知らないはずだが、格が違うということだけは、幸か不幸か外見からも伝わって来てしまう。
エドワードの顔には、はっきりと焦りの色が浮かんでいた。
「ビオラ……」
ニコラス殿下と距離を置いたのを見計らって、エドワードがビオラに近づいていく。その足取りに余裕はない。
「ちょっといいか。話したいことが……」
「エドワード様、もっと堂々としてください。あなたを選んだこと、がっかりさせないでくださいませ」
ビオラは少しだけ呆れるようにエドワードに視線を向ける。ベアトリスを捨てようとしている人間が、ビオラからも捨てられるわけにはいかないだろう。エドワードはビオラの言うことを聞くしかなかった。
ビオラにとっては黄金パターンだ。
すでにエドワードは手のひらの上。
あとはもう煮るなり焼くなり好きにできる。それこそ、財産を奪うことだって――。
2人の様子を遠目に確認したキャサリンは、静かにグラスを傾けた。
――準備が整ったかしらね。
残すはベアトリスだけだ。
視線を動かせば、ベアトリスはまだ広間の端にいた。
珍しく、年配の夫人に話しかけられて、受け応えをしている。その顔に貼りついた笑顔に、どれだけの力を必要としていたのか、キャサリンには容易に想像がついた。
ベアトリスの視線がエドワードとビオラを捉えた。
その視線に応えるようにして、エドワードもまたベアトリスに近づいていく。
「随分と楽しそうじゃないか」
それは低い声だった。
夫人への応対を終え、一人になった瞬間を狙ったかのように、エドワードがベアトリスの隣に立つ。
「……。決してそのようなことは」
「君には関係ないかもしれないが……少し、話がしたい」
エドワードの声音はいつもよりも暗い。ビオラを引き止めることができなかった焦りが、どこかににじんでいるようだった。
「今夜は、少し長く話し合う必要があると思っていたんだ」
「……」
ベアトリスが黙ったまま次の言葉を待つ。
「婚約のことだよ。君も、このままでいいとは思っていないだろう?」
じわじわと、罠が閉じようとしている。
キャサリンが動くよりも前に、2人のもとに声が届いた。
「失礼」
穏やかな声。
だが、そこには一切の迷いがない。
エドワードが振り返る。
キャサリンも、思わず同じ方向に目をやった。
声の主は、ほかならぬアーサーだった。
――あなた……。
キャサリンが息を飲んだ。
アーサーは真っすぐにベアトリスのそばへと歩み寄り、エドワードには軽く会釈をしただけで、すぐにベアトリスに向き直る。
「一曲、踊っていただけますか」
ベアトリスが目を丸くした。口が開きかけて、閉じられる。また開いたとき、今度はかすれるような小さな声が出た。
「……。……はい」
差し出されたアーサーの手に、ベアトリスが自分の手を重ねた。
エドワードが何か言いかけたが、2人はすでに広間の中央へと向かっている。
婚約者のいる令嬢に対するふるまいではないが、だからといって逢引きをしているわけではない。これは公的なイベントだ。
憤慨すればかえって、エドワードのほうが礼節を欠く。それこそ、今までの自分の行動はどうなのだと、周りから責められるだろう。
――やるじゃない……。ベアトリス嬢のことを、ちゃんと見ていたのね。
キャサリンは呆気に取られながらも、口元が緩むのを止められなかった。
ベアトリスが窮地に見えたからこそ、駆けつけたのだろう。これまで自発的には行動して来なかったことを考えれば、驚きの成長ぶりだ。
エマが隣でほっとしたように息をついている。
「画廊での種がここで芽吹きましたか」
「そうねみたいね」
キャサリンが小さく返した。
広間の中央で、音楽が始まった。
それに合わせて優しげな歌声も聞こえて来る。
歌姫アンネの歌唱だ。
少し喉の調子が悪そうだが、専門的な教育を受けていないことが信じられないほど、その歌声はよく響き、聞く者の耳を幸せにしていく。まだ知られていないだけで、きっと病にも効くに違いない。
2人が向き合う。
アーサーがベアトリスの手を取り、もう一方の手を腰に添えた。
ベアトリスは最初、視線を逸らしていた。だが、アーサーが何事かを言った瞬間に、その目が弾かれたようにアーサーへと向いた。
――何かしら……?
キャサリンに声は届かない。
それでも、アーサーの口が動くのははっきりと見えた。
ベアトリスの頬に、ゆっくりと赤みが差していく。
それから、ベアトリスが小さく首を横に振った。
「……」
泣いてはいない。
悲しいわけではなく、やっと重たいものを手放せたような、そういう顔だった。アーサーは驚いた様子を見せてから、次いで、小さく笑った。
飾り気のない、素直な笑顔だ。
キャサリンは思いなおして、2人から目を離す。見ていてはいけないような気がしたのだ。
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