54 慈善舞踏会の夜(2)
夜会が進むにつれ、ビオラはじわじわとニコラス殿下との距離を詰めていく。グループの会話に混ざる形で、自然とニコラス殿下にも話をできるポジションを取ったのだ。
その手際は鮮やかで、さすがに場数を踏んでいると感じさせるものがある。
ニコラス殿下から人が離れた瞬間を狙って、ついにビオラは2人だけで話しかけていた。
「先ほどからよくお飲み物を口にされていますが、緊張されているんですの?」
ビオラの言葉に、ニコラス殿下は一瞬肩を強張らせた。その瞬間が来てしまったと思ったに違いない。だが、ニコラスは正真正銘の王族だ。万が一のときは、そのカードを切ってしまえば、どうにでもなる。
おそらくは、そう考えなおしたのであろう。
ニコラス殿下は口元に笑みを浮かべて、ビオラのほうに振り向いた。
「ええ、はい……。どうにも、こういう場は慣れないもので」
莞爾とした笑みの下で、ビオラの視線が忙しなく動いていく。どうやら発言の真意を確かめているようだ。合わせた両手を頬にあて、艶めかしく首を傾けたビオラが、ニコラス殿下に不敬な返事をしていた。
「それでしたら、緊張をほぐすよい方法がありますわ」
「本当か? 教えていただきたい」
「はい。レディーに手を引かれながら、その半歩後ろをよちよちとついて来ればいいんですわ」
主従を逆にしたエスコートは、嘲笑の対象にほかならない。
あえて馬鹿にした提案をすることで、ビオラはその反応を見ようとしているのだろう。
だが、社交を知らないニコラス殿下は、クソバイスを言葉どおりに受け取ってしまっていた。
「そうだったのか……。兄上も最初に教えておいてくれればよいものを。すまないが、その役をお願いできるだろうか?」
目を丸くしたビオラがニコラス殿下のことを見る。
そうして、おかしそうに笑って首を横に振った。
「いやですわ、もう十分に緊張がほぐれてなさいます。堂々とした殿方を引っ張っていったならば、それこそレディーの恥ですわ。ごめんあそばせ」
ビオラが軽くスカートを持ちあげて、ニコラス殿下から離れていく。
思ったよりも呆気ない幕切れに、ニコラス殿下は呆けたようにビオラの背中を眺めるしかない。
そうして、十分な距離を取ってから、ビオラは独り言のようにつぶやいた。
「意外だったな。まさか、第三王子が社交の場に出て来るなんて……。それとも、引っ張り出されたのか……」
ビオラの視線が鋭く会場全体を見渡す。
思いあたる人物を見つけたのだろう。
ビオラの目が1人の女性のところで止まっていた。
「ひょっとして、黒幕はキャサリン・エルフェルト……? アーサーが変わりはじめたのも、そのせいかしら。……まあいいわ。エドワードはもう狩り時なの、そこだけは邪魔しないでちょうだいね」
吐き捨てるように言って、ビオラがキャサリンを冷たく見つめていた。
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