53 慈善舞踏会の夜(1)
冬の慈善舞踏会は、王都でも指折りの大邸宅を会場として開かれた。
広間には色とりどりのドレスと、磨き上げられた燕尾服が行き交っている。
シャンデリアの光が床の大理石に反射して、まるで水面のように揺れていた。
笑い声と音楽。
グラスの触れ合う音。
窓の外には、静かに雪が降り積もっている。
キャサリンは広間の端に立ち、グラスを手に全体を見渡した。
――さてと。
準備は、すべて整っている。
エマが耳元で小さく告げた。
「お嬢様、ベアトリス様がいらっしゃいます」
「見えているわ」
広間の中ほどに、落ち着いた青のドレスを身にまとったベアトリスの姿があった。
銀色の髪が、シャンデリアの光を柔らかく受けている。
その佇まいは、いつもより少しだけ違う気がした。
緊張しているのか、あるいは覚悟を決めているのか。
キャサリンには、どちらとも読み取れた。
「アーサー様は?」
「少し前からいらしています。あちらの一角に」
エマが目線だけで示す方向に、アーサーの姿があった。いつも通りに穏やかで、周囲に積極的に話しかけているようだが、その目はどこか落ち着きがない。心なしか聞き役に回っている場面も、以前に比べて多くなっているようだ。
――種は、ちゃんと育ったみたいね。
キャサリンは内心で満足げにうなずく。
「ニコラス殿下は?」
「まもなくご到着の予定です」
エマが手元の時計を確かめながら答えた。
タイミングは問題ない。
あとは、段取りのとおりに進むかどうかだ。
その直後、広間の入り口付近がわずかにざわめいた。
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ニコラス殿下の登場は、華やかだった。
といっても、本人が特別に振る舞いを誇示しているわけではない。
ただ、その場にいるだけで、自然と周囲の目が向いてしまうような引力が、あの青年にはある。
金色の髪に、涼やかな目元。
お忍びでの参加とはいえ、王族としての育ちが、立ち居振る舞いの隅々にまで染みこんでいた。
ルシアン殿下ほどの威圧感はなく、どちらかといえば近づきやすい雰囲気を持っている。それが、かえって会場の空気を一変させた。
「あの方は……?」
「どちらのご子息かしら」
「見覚えがないわね。それにしても……」
ひそひそと、周囲の令嬢たちが小声で言葉を交わす。
ニコラス殿下は、そ知らぬ顔で手袋を外しながら、さりげなく広間を見渡した。視線がキャサリンに一瞬止まり、気づかれない程度に小さくうなずく。
見るからにニコラス殿下は緊張しているようだが、自分の役目は忘れていないらしい。キャサリンも同じく、表情を変えずに応じた。
――ビオラ嬢は?
素早く視線を動かす。
朱色のドレスが、広間の向こうに見える。
ビオラは当然のようにニコラス殿下に気づいていた。その目が、殿下の方向へとゆっくりと引き寄せられていく。
――食いついた。
事前に情報のない相手だ。いくらビオラのアンテナが優れていたとしても、じかに接触してみなければ判断はできないはずだった。
「エマ」
「見えております」
侍女も短くキャサリンに返す。
ビオラの目が輝いている。
純粋な興味なのか、それとも打算なのか。どちらにしても、今夜の彼女の関心は、しばらくはニコラス殿下になるだろう。
「……アーサー様は、きちんとビオラ様の獲物ではなくなったのでしょうか?」
エマが心配そうにキャサリンに尋ねる。
「優先順位は下がったでしょうけれど、どうかしらね。総合的に見れば、まだまだダメンズなんじゃないかしら?」
「それは……」
「あんまり急に素敵な殿方に変身されても困るわ。ビオラ嬢はともかく、別の令嬢たちも目の色を変えちゃうじゃない。このくらいでいいのよ」
「なるほど」
エマは納得したようにうなずいていた。
キャサリンは、実はそこまで考えていなかったと言いたげに、明後日のほうを向いていた。
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