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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
6話 ベアトリス・ハルフォード

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52 雪の準備(4)

 展示会の当日は、やわらかな雪曇りだった。

 画廊の中は、外の寒さとは切り離されたように穏やかな空気が満ちている。

 壁に並んだ絵画たちが、柔らかな燭台の光を受けて静かに輝いていた。


「フィリップ様の作品は、あちらですね」


 エマが小声で告げる。

 キャサリンは軽くうなずいて、さりげなく会場を見渡した。

 来客はそれほど多くない。

 芸術に造詣の深い貴族と、研究者や文人が数名、思いおもいのペースで絵を眺めている。


 ――どこかしら……? あそこね。


 会場の奥、1枚の風景画の前に、青年が立っていた。

 未来視のおかげで、アーサーの姿はすでにわかっている。

 絵を眺めるその横顔は穏やかで、一見しただけでは、これといって引っかかるところのない人物に見えた。


 ――見かけによらないものね……。


 キャサリンはしばらく距離を置いて観察した。

 アーサーの隣に、別の来客が近づいてくる。顔見知りらしく、自然な調子で話しかけた。アーサーも微笑んで応じる。


 それだけなら、何の問題もない。

 しかし、話が少し進んだところで、アーサーが相手の言葉を遮るように自分の話を始めた。遮ったことへの自覚は、おそらくない。そのまま自分のペースで話し続け、相手が苦笑しながら相槌を打っている。


 本人は気がついていない。

 だが、受け取る側がどう感じるかは、また別の話だ。


 ――なるほど。


 この様子であれば、多少強引に声をかけても気にしないだろう。

 キャサリンは静かに歩き出した。


「素敵な作品ですわね」


 隣に並んで、同じ絵を眺めながらキャサリンが言った。

 アーサーがこちらに振り返る。見知らぬ来客に一瞬だけ戸惑いの色が浮かんだが、すぐに穏やかな表情に戻った。


「ええ。光の使い方が、なんとも……」


 それからしばらく、絵の話をした。

 アーサーは絵画に明るく、話題は尽きない。

 キャサリンは相槌を打ちながら、少しずつ会話の主導権を手元に引き寄せていく。


「あなたは、フィリップ様のお知り合いでいらっしゃるの?」

「ええ、少々。そちらこそ、エルフェルト家の方とも面識があるのですか?」

「従兄弟ですので」


 アーサーが少しだけ目を丸くした。


「これは失礼しました。アーサー・ヴォルフと申します」

「キャサリン・エルフェルトですわ」


 一礼を交わす。

 それから、ごく自然な流れで会話がつづいた。


「ヴォルフ様は、王都のご出身ですか?」

「ええ、生まれてからずっと。幼い頃はこのあたりをよく走り回っていたものです」

「それは楽しそうですわね。幼馴染などもいらっしゃったのですか?」


 アーサーの表情が、わずかに変わった。

 ほんの一瞬のことだったが、キャサリンは見逃さない。


「……ええ、まあ。昔からの知り合いが、何人か」


 歯切れが悪い。

 キャサリンは追わなかった。

 代わりに、また絵のほうへと視線を戻す。


「ハルフォード家のベアトリス嬢とも、幼馴染でいらっしゃるとか」

「……。ご存知でしたか」


 アーサーの声が、かすかに低くなった。


「ええ、少しご縁がありまして。とても静かな方ですわね。でも、本の話になると急に言葉が増えますの。そういう方って、本当は話したいことがたくさんあるのに、なかなか口にできないだけなのかもしれないと思うのですけれど」


「……」


 アーサーが黙った。

 絵を眺めているようで、その目はどこか別のものを見ているようだった。


「ベアトリス嬢は、言葉にするのがあまり得意ではありませんわね」


 キャサリンが静かに続けた。


「ええ……そうですね」


 アーサーが短く返す。

 キャサリンが、一拍置いてから言葉をつないだ。


「だから、周りの人間が少し鈍いと……気づかないまま、終わってしまうこともあるかもしれませんわね」


 沈黙が満ちた。

 アーサーが絵から目を離さないまま、じっと黙っている。

 キャサリンはそれ以上、何も言わなかった。

 言い過ぎると、種は育たない。水を撒きすぎてしまえば、育つことなく枯れてしまう。


「……。失礼ながら、キャサリン嬢はベアトリスのことを、よくご存知なのですね」


 やがてアーサーが不機嫌そうに言った。


「少しだけ。でも、知れば知るほど、もったいない方だと思いますわ」

「もったいない?」

「ええ。それだけですわ」


 キャサリンが微笑む。

 それっきり、軽く一礼してからキャサリンは場を離れた。

 フィリップの作品の前を通り過ぎたあたりで、エマが静かに横に並ぶ。


「よろしかったのですか? 直接的ではありませんでしたね」

「種を蒔いただけよ」


 キャサリンが前を向いたまま答えた。


「育てるのは、あの人自身ですもの」


 エマが小さくうなずいた。

 画廊の出口へと向かいながら、キャサリンはもう一度だけ、アーサーのほうへと視線をやる。

 青年はまだ絵の前に立っていた。

 さっきとは、少し違う顔つきをしていた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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