56 慈善舞踏会の夜(4)
ダンスが終わった頃合いを見計らって、再びエドワードは動いた。
今度こそ、場を仕切り直すつもりなのだろう。
ベアトリスに近づき、先ほどよりも低い声で言う。
「少し、場所を変えよう。2人で話せる場所に――」
「エドワード様」
遮ったのは、ベアトリスの声だった。
今までとは断然違う。その声は震えていなければ、か細くもなかった。
「婚約のお話でしたら、私からも申し上げたいことがございます」
エドワードが眉を動かす。
「……なんだね?」
「今までありがとうございました。このままではお互いに幸せになれないとおっしゃるのは、正しいことだと思います」
エドワードの表情が微妙に動く。自分が誘導しようとしていた言葉を、先にベアトリスに使われてしまったがために、その顔には戸惑いがにじんでいた。
「婚約は、私からお断りいたします」
ベアトリスは言い切る。
――上出来ね。
それを受けエマもまた、おもむろに書類を取り出した。
「出番ですね、お嬢様」
キャサリンがうなずいて、エドワードたちに近づいていく。
「少々よろしいですか」
有無を言わさぬキャサリンの声が広間に落ちる。ルシアン殿下の冷たいところばかり、キャサリンは吸収してしまっているようだった。
周囲の話し声が、すっと引いていく。
エルフェルト公爵家という家格の重さが、この場ではよく働いた。
視線が集まる中、キャサリンは落ち着き払った態度で続ける。
「ベアトリス嬢が今おっしゃったとおり、婚約はベアトリス嬢の側からお断りになるようです。しかし、その前に少しだけ、ご確認いただきたいことがございますわ」
前に出たエマが手元の書類を静かに広げた。
「婚約中であるにもかかわらず、エドワード様が別の女性と親しくされていたことを示す証言が、複数ございます。こちらについてお聞かせ願えればと」
侍女を一瞥したエドワードが、なんだそんなことかと言いたげに肩をすくめる。
「貴族としての付き合いがあるんだ、当然だろう」
その態度には、まだまだ余裕があった。証言だけでは覆せないと、踏んでいるのだろう。
だが、キャサリンは表情を変えない。
「そうですか。では確認させてください。エドワード様はベアトリス嬢との婚約中、ビオラ嬢に贈り物をされていますね?」
一瞬だけ、エドワードの顔が固まった。すぐに取り繕おうとしたようだったが、その不自然な空白は、周囲の者にも見えてしまっていた。
「……。それも付き合いの範疇だろう」
「そうですか」
キャサリンがもう一度だけ同じ言葉をくり返し、エマが別の書類を広げた。
「しかし、この品目の記録を見る限りでは、特定の女性に相当な金額が集中しておりますわね」
周囲にざわめきが広がった。貴族たちが互いに顔を見合わせはじめる。
付き合いの延長線で出費が嵩むことはままある。
だが、それが1人の人物に偏っているともなれば、話は別だ。
「エドワード様」
不意に別の声が割りこんだ。
朱色のドレス。
赤毛の令嬢が、人の輪の外からゆっくりと歩み寄って来ている。
ビオラだった。
エドワードの顔に、安堵の色が浮かぶ。
「お話が私のもとにまで聞こえて来てしまいましたわ」
ビオラが涼しい顔でエドワードを見る。次いで、一瞬だけキャサリンにも視線を向けた。
「贈り物の件、ご説明差し上げましょうか。私が受け取ったものは、確かに相当な額になりますわね。ただ……」
ビオラが観衆の期待を煽るように一拍置いた。
「もっとございますでしょう? 先月の宝飾品と、その前の外遊のご費用も、私の名義を経由しておりますから」
ざわめきが大きく広がった。
エドワードの顔から、完全に血の気が引いていく。
「な……。何を」
「別に構いませんでしょう? ご自分の財産をどうお使いになるのかは、エドワード様のご自由ですものね」
ビオラはあくまでも穏やかに言った。
――正気……?
キャサリンがビオラを訝しげに見つめる。
ビオラがエドワードを裏切ることは目に見えていたが、まさか公衆の面前で関係を暴露するとは大胆がすぎる。
「ビオラ嬢、それはご自分の不貞行為を認めるということですわね?」
すぐさまキャサリンは詰めるが、ビオラは全く動じない。
「嫌ですわ、キャサリン嬢。私は、エドワード様が独身だと思っておりましたの。まさか、婚約されているなんて、存じませんでしたわ。婚約を解消しないというのであれば、もちろん手を引きます」
――知らなかったはずがないわ。
そんなわけないだろうと、キャサリンは隣のエマを見つめるが、侍女は苦しげに首を横に振るだけだった。
「申し訳ございません、お嬢様。ビオラ様が、ベアトリス様との婚約を知っていたとする明確な証拠は、最後までつかむことができませんでした」
――そんな……まずいわね。完璧に言い逃れられてしまうわ。
もとより、キャサリンにはビオラに制裁を課そうという意志が薄い。ある意味では、財産と引き換えにエドワードを一時的にもらい受けることで、ベアトリスを救ったとも言えるからだ。
しかし――。
――その背後で、ベアトリス嬢に対する嫌がらせがあったのだとしても、私ではビオラ嬢を断罪できない。
ビオラの白々しい発言に、エドワードが声を荒らげた。
「馬鹿な! ビオラ、君は知っていたはずだ! それでもいいと言ってくれたじゃないか!」
「お戯れを、エドワード様。罪を私に着せるのはおよしになって?」
典型的な水掛け論だが、この場合の答えは決まっている。
キャサリンは内心でため息をつきながら、エドワードだけに引導を渡した。
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