50 雪の準備(2)
ルシアン殿下への文を送ったのは、その日の昼のことだった。
返事は夕刻に届いた。思ったよりも早い。
『明朝、時間を取ろう。王宮に来い』
短い文だった。
相変わらず、素っ気ない。
だが、断らないということは、少なくとも聞く耳は持っているようだ。
キャサリンは返事をエマに託してから、窓の外に目をやった。夕暮れの王都に、また雪が舞い始めている。
翌朝、キャサリンは王宮の応接室へと通された。
前回と同じ、執務棟の端にある小さな部屋だ。
ルシアン殿下はすでに椅子に座っており、キャサリンが入ると鷹揚に顎を引いた。
「また来たな」
「お時間をいただきありがとうございます」
キャサリンが一礼して、向かいの椅子に腰を下ろす。
ルシアン殿下は口元に呆れるような笑みを浮かべていた。
「もっと前に頼めとは言ったが……また、ずいぶんな状態だな。いったい私に何を求めている?」
「会場の場にいてくれるだけでも十分かと」
「今回の話は、そのビオラ嬢に、私を当て馬のように使いたいということではなかったか?」
そのとおりだが、まさか一国の王子を捕まえて、「はい、そうです」と言えるはずもない。キャサリンは黙ったまま柔和に微笑んだ。
「まあ、いい……。そのビオラ嬢、どのくらい鼻は利く?」
「相当なものかと」
「それならば、私よりも適任がいるので、そちらを代わりに出席させよう」
「殿下の代わりに……ですか?」
キャサリンはとまどいながら、ルシアン殿下に尋ね返す。王位継承権1位の代わを務められる者など、とても思い浮かばなかったからだ。
「ああ。本人の性格と、愚兄が起こした問題ゆえにお披露目が遅くなってしまったがな」
「……まさか」
「そのとおりだ」
「第三王子のニコラス殿下!?」
自分の仕掛けたサプライズが成功したと言わんばかりに、ルシアン殿下がにやりと笑う。
――噂には、三番目の王子がいるとは聞いていたけど……。
ルシアン殿下が奥の扉に向かって声をかける。
「入って来い」
ほどなくして、金髪の男性が現れる。年の数はキャサリンよりも4つほど若いだろうか。まだまだ少年のあどけなさを残した美少年だった。
「あ、兄上……」
「話は聞いていたな? 王族としての本格的な社交の前に、お忍びで場の雰囲気を感じ取っておくことは重要だ。それに、ハニートラップの1つや2つに慣れておいて損はないからな」
「はっ! しかし、兄上」
ニコラス殿下は、ちらちらとキャサリンのほうを窺いながらおずおずと声を出す。
「さすがに僕も、今からハニトーラップを仕掛けますという婦女子を前にして、しどろもどろになることはないと考えます」
ルシアン殿下が一度キャサリンを見て、その後、呆れたように実弟を見返した。
「……こちらはキャサリン・エルフェルト公爵令嬢。お前に妙なアプローチをする女生とは別物だ」
かっと、ニコラス殿下の頬に朱が差した。
「こ、これはとんだ勘違いを。ゆ、許せ」
「いえいえ、構いませんわ」
人間だれしもに傲慢さや冷静さ純真さはあるものだが、この兄弟はそれぞれに特化してしまっていると、キャサリンは内心で苦笑した。
「これが王族であると知る者は少ない。いくらビオラ嬢が用心深くても気取られることはないだろう。存分に使え」
殿下が満足げに立ち上がる。話はそれで終わりだという合図だ。
退室しようとしたキャサリンに、殿下がもう一言だけ投げかける。
「ベアトリス嬢はきちんと報われるとよいな」
振り向くと、殿下はすでに窓の外を見ていた。
「……ええ、そうですわね」
キャサリンは短く答えて、部屋を出た。
廊下を歩きながら、先ほどの殿下の言葉を反芻する。
――きちんと報われるといいな?
どこか遠くを見るような目つきで言われた言葉だった。
その意味を考えようとして、キャサリンは首を横に振る。
――今は関係ないわ。
急ぐべきことが、まだある。
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