48 未来視(2)
キャサリンの見ている前で、2人の距離が縮まっていく。ビオラの手が、さりげなくアーサーの腕に触れた。
――ベアトリス嬢は!?
はっとしたように、キャサリンが周囲を見回す。
ベアトリスは広間の端に立っていた。落ち着いた青のドレスに、きちんと整えられた銀色の髪。
その横顔は、遠目からは穏やかにも見えた。
だが、キャサリンには、ベアトリスがどこを見ているのかがはっきりとわかった。
――やはり、あの人がアーサー様。
ビオラと話す男性に、ベアトリスが視線を向けている。目を逸らすことができず、そうかといって近づくこともできないため、ただ突っ立つようにして会場の端にいた。
ビオラは打算的な人物だ。
社交の場で適切な準備をすれば、エドワードに対して自分の手元を離れていくビオラの姿を見せられるのではないかという見込みがあった。
だが、まさかこんな形になるとは思ってもみなかった。
――ベアトリス嬢……。
胸が痛んだ。
キャサリンの目にベアトリスの表情が映る。
それは傷ついているのではない。
人並みに傷つくことさえ、自分には許されていないだろうと、自分の気持ちを飲みこんでいる顔をしていた。
ほどなくして、アーサーと離れたビオラがエドワードのそばへと向かう。ビオラが親しげに話していたのを見ていたからだろう。エドワードは殊更にビオラへすり寄った。
愛人とまでは断言できない、ぎりぎりの距離。
だが、普段のベアトリスへの態度からすれば、その差は一目瞭然だ。
ベアトリスに視線を向けたエドワードが、ビオラから離れてベアトリスに寄る。
「随分と楽しそうに見ているな」
低い声だった。
「……。決してそのようなことは」
「君が見ているのはわかっている」
エドワードが軽く肩をすくめる。
「まあ、無理もないか。婚約者として俺は退屈だと、君自身がそう思っているのだろう?」
ベアトリスが口を開きかけて、閉じた。
キャサリンには、それが声の出し方を忘れてしまったように見えた。
エドワードが、どこか満足げに息をく。
「図星か……。侯爵家である君のほうから言ってくれると、こちらも助かるのだがね。このまま無駄に続けても、お互いに幸せにはなれないだろう?」
じわじわと、罠が閉じていく。
キャサリンには、エドワードが仕掛けてきたものが、今はっきりと見えた。
エドワードはビオラに選びなおした。だが、そのためには婚約者のベアトリスが邪魔なのだ。だからこそ、自分から婚約破棄を宣言するように誘導して来たのだ。
ベアトリスを追い詰めるのに、今夜ほど都合のいい夜はない。奇しくも、ベアトリスはアーサーが別の女性と親しげにしている場面を目撃してしまっている。さすがに、これは偶然だろうが、運はエドワードに味方してしまった。
ベアトリスが、深く息を吸って諦めたように口を開いた。
「婚約は……。私から……お断りいたします」
その声は震えていた。
毅然とした態度で、積極的に言ったはずなのに、それは明らかに言わされた声だった。
それを聞いたエドワードが、薄く微笑む。
「そうか。賢明な判断だな」
踵を返したエドワードが、ビオラのほうへと歩いていく。
広間の中で、ベアトリスだけが取り残された。ざわめきが、少しずつベアトリスの周囲に広がり始める。
だれもベアトリスに声をかけない。
だれもベアトリスのそばには来ない。
やがてベアトリスが、静かに歩き出す。
人の少ない方へと、光の届かない場所へと、どんどんとその背中が小さくなっていく。
「……」
キャサリンがアーサーを見やる。
アーサーもまたベアトリスの背中に視線を送っているようだったが、まもなくほかの令息たちに話しかけられ、顔をそちらに向けていた。
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意識が戻ったとき、キャサリンは机の前に座っていた。
ペンが床に落ちている。
燭台の炎は、まだ揺れていた。
「……はあ」
しばらく動けなかった。
頭の中を、先ほど見た光景がくり返し流れていく。
震えながら口にされた言葉。
広間に取り残されたベアトリスの背中。
そしてアーサーが、ベアトリスを目で追いながらも、動かなかった瞬間。
床からペンを拾いあげ、机の上に置く。
――見立てが甘かったわね。
ベアトリスの気持ちに名前をつけさせた。
自分の感情に正直になるよう、背中を押した。
それ自体は間違っていないとキャサリンは思う。
だが、順番を間違った。
気持ちに名前をつけたからこそ、ベアトリスはアーサーがほかの女性と一緒にいることに耐えられなくなってしまった。
ベアトリスが自分から折れてしまうように、すべてが噛み合ってしまった。
――アーサー様の問題を後回しにしすぎたのかしら……。
幼馴染ということだったが、実際のところ、ベアトリスについてどう思っているのか。肝心の部分をまだ把握できていない。
「まずはアーサー様を調べないといけないわ」
独り言が夜の部屋にこだまする。
そしてもう一つ。
ビオラの行動を制御することだ。
彼女が伯爵家の財産目当てであることは間違いないが、それとは別に独自の判断基準を持っていることが、今回の未来視でわかった。
こちらで動きを制限しなければ、またアーサーにちょっかいをかけられてしまう。
キャサリンは新しい紙を手に取り、ペンを走らせた。
書き出しは短い。
「やり直しね」
炎が揺れた。
窓の外では、雪が静かに降り続けていた。
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