45 内向きの令嬢(2)
キャサリンは紅茶のカップを口に運びながら、さりげなく話題を変える。
「それはそうと、婚約者の伯爵様とは、最近お会いになっていますか?」
ベアトリスの指先が、わずかに止まった。
カップをソーサーに戻す動作が、ほんの少しだけぎこちない。
「……ええ、先週もお食事をご一緒しました」
「楽しいお時間でしたか?」
間があった。
たった数秒のことだったが、キャサリンには十分だった。
「……。エドワード様は、お忙しい方ですから」
答えになっていない。
それはベアトリス自身も承知しているのだろう。
視線がテーブルの上の本へと逃げていく。
「私の話し方が、あまり面白くないのかもしれません」
小さな声だった。
「面白くない?」
「場が盛り上がっているときに、私が何か言うと、その……空気が変わってしまうことがあって……。だから、最近はなるべく聞き役に回るようにしているんです」
「エドワード様がそう仰ったのですか?」
キャサリンが静かに問い返すと、ベアトリスは首を横に振った。
「いいえ、そういうわけでは……。ただ、表情を見ていると、なんとなく……。……退屈そうにされていることが多くて」
退屈の一言を口にするのに、ベアトリスがずいぶんと間を置いたことを、キャサリンは見逃さなかった。
――日常的なのかもしれないわ……。
言葉にしての嫌がらせではないだろう。態度で、表情で、沈黙で、じわじわと相手を削っていく。反論する隙を与えないような、卑怯なやり方だ。
ベアトリスのような、相手の気持ちを読もうとする人間には特に効くに違いない。
「私の気にしすぎなのでしょうね、きっと」
キャサリンは何かを言いかけて、口をつぐんだ。
思い違いではないと、はっきり告げてあげたかった。
しかし、今はまだそのときではないだろう。代わりに、キャサリンはゆっくりと話題を移した。
「ベアトリス嬢は幼い頃からこちらにお住まいなのですか?」
「ええ、生まれたときから……。近くに幼馴染もいて、よく庭で遊んでいました」
その言葉が出た瞬間、ベアトリスの声が温度を持つ。本の話をしたときと近い変化だった。
「仲がよろしいのですね」
「昔は、よく……。今は……それぞれ忙しくなりましたから」
それ以上は語らなかった。
ただ、視線が一瞬だけ、窓の外の庭へと向いた。枝だけになった木々の向こうに、だれかを見つけようとしている目つきだった。
――アーサー様かしら……。
キャサリンは名前を口には出さない。
エマの事前調査で名前だけは把握している。
ベアトリスの幼馴染の青年。それだけ知っていれば十分だった。
別れ際、玄関先でベアトリスが小さく言った。
「……また、いらしていただけますか?」
その声は控えめだった。
だが、ベアトリスがその言葉を口にするうえで、どれだけの勇気を必要としたのかは、キャサリンでなくとも理解できる。
「もちろんですわ」
キャサリンが微笑めば、ベアトリスもほっとしたように少しだけ表情を緩めた。
馬車に乗り込んだキャサリンが、窓の外に遠ざかる屋敷を眺めながら、頭の中で情報を整理する。
エドワードの手口。
ベアトリスの傷の深さ。
そして、話題がそこに触れた瞬間にだけ変わった、声の温度。
「エマ、エドワード伯爵について、もう少し詳しく調べてちょうだい。特に、最近の社交の場での言動を」
「そちらについてですが、気になるものが一点ございます」
「何?」
「先月の夜会で、エドワード様がビオラ様と、ずいぶん親しげにされていたという話を耳にしております。複数の目撃者がおりますので、たまたまということではないかと」
「ビオラ嬢……」
キャサリンが名前を繰り返す。あまり聞き覚えはない。
「没落貴族の出だそうです。社交の場での立ち回りが上手く、顔は広い。ただ、深く付き合っている者は少ないようで……どこか掴みどころのない方です」
「そう」
短く答えて、キャサリンは窓の外に目をやった。灰色の空から、白いものがちらついている。今冬、初めての雪だった。
――エドワード伯爵に別の女性の影……。
それだけで、ベアトリスへの仕打ちの構造がおおよそ見えてくる。次の相手がすでにいるからこそ、ベアトリスを自分から折れさせて婚約破棄に持ちこもうとしているのだ。
「引き続き調べておいてちょうだい。ビオラ嬢についてもよ」
「承知しております」
エマが一礼する。
キャサリンはもう一度だけ、遠ざかる屋敷のほうへと視線をやった。
――あとは、正しい順番で動くだけね。
そう確信していた。
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