46 内向きの令嬢(3)
数日後、キャサリンは再びハルフォード侯爵家を訪ねていた。前回よりも、ベアトリスの表情が柔らかい。警戒心が薄れているのがわかった。
「先日の続きを読みましたの」
キャサリンが本を取り出すと、ベアトリスが少しだけ目を輝かせた。やはり本の話になると、この令嬢は別人のように言葉が増える。
しばらく話が弾んだあと、キャサリンはさりげなく切り出した。
「そういえば……女主人公の令嬢が縁談を受け入れてしまったのは、本当に言葉にすることが怖かったからだと思いますか?」
ベアトリスが少し考える顔をした。
「……どういう意味ですか?」
「想いを伝えることへの恐れとおっしゃっていたでしょう? でも、ひょっとしたらもう一つ、別の理由があったのかもしれないと思って」
「別の理由……」
「自分の気持ちに、まだ名前をつけていなかったのかもしれません。だから動けなかった」
ベアトリスが黙った。
カップを両手で包むようにして、視線をテーブルに落としている。
「気持ちに名前をつけるというのは……怖いことですよね?」
キャサリンが静かに引き取る。
「ええ。それを認めてしまえば、もう知らないふりはできなくなりますもの」
ベアトリスが、ゆっくりと顔を上げる。
かすかな動揺があった。
「……。キャサリン嬢はどうしてそれを」
「本の話ですわ」
キャサリンが微笑む。
ベアトリスがまた視線を落とす。しばらくの沈黙のあとで、ベアトリスがつづけた。それはほとんど独り言に近い。
「……アーサー様は……。今も、よく笑う方ですか?」
キャサリンは答えない。
ベアトリスが我に返ったように、小さく首を振る。
「すみません……。変なことを言いました」
キャサリンが首を横に振った。
「別に、変ではないと思いますわ」
ベアトリスはそれ以上、何も言わなかった。ただ、その頬がほんのりと赤くなっていたことを、キャサリンは見逃さなかった。
――自覚したかしらね……?
今日のところは、ここまでにしておこう。
キャサリンが立ち上がりかけたとき、ベアトリスが小さく口を開いた。
「もしも、自分の気持ちに名前をつけてしまったとして……それでも、どうにもならないことは、あるのでしょうか」
「あるかもしれませんわね」
キャサリンが即座に返す。
ベアトリスはすがるようにキャサリンを見つめた。
「でも、どうにもならないかどうかは、動いてみないとわかりませんわ」
ベアトリスが黙ったまま、小さくうなずく。
その顔はどこか泣きそうにも見えた。
――まあ、大丈夫でしょう。
屋敷をあとにした馬車の中で、キャサリンは静かに息を吐く。
「筋道に乗りましたね」
エマが言った。
「そうね……」
だがキャサリンの表情は、晴れやかとは言いがたかった。何かが引っかかっている。言葉にはならないが、どこかに見落としがあるような気がした。
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