44 内向きの令嬢(1)
ハルフォード侯爵家の屋敷は、王都の中でも落ち着いた一角にあった。
華美な装飾はなく、手入れの行き届いた中庭が訪れる者に穏やかな印象を与える。
だが、今の季節は冬。
庭木は葉を落とし、剥き出しになった枝が、灰色の空に向かって闇雲に伸びている。それでも荒れた感じはなく、整然としている気がするのは普段の手入れのおかげなのだろう。屋敷の主の気性が、そのまま庭に出ているのかもしれない。
――ふーん。
馬車を降りながら、キャサリンはそんなことを思った。
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応接室に通されたキャサリンは、向かいの席に座るベアトリスをまっすぐに見つめた。
銀色の髪に、落ち着いた灰緑の瞳。
初めて間近で見る相手だったが、遠目に見た社交の場での印象よりも、近くで見るとずっとか弱い雰囲気が伝わってくる。
薄い磁器のような、という表現がふと浮かんだ。
割れはしないが、無理に扱えば簡単にヒビが入ってしまいな、そういう佇まいだ。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
ベアトリスが静かに口を開いた。
声は穏やかで、よく整っている。
しかし、その目には隠しきれない警戒の色があった。
「突然のお申し込みにもかかわらず、お時間をいただけて光栄ですわ」
キャサリンが微笑む。
執事が紅茶を用意して、静かに部屋の端へと下がった。
「エルフェルト公爵令嬢が、私のような者にわざわざ……」
ベアトリスが少しだけ視線を落とした。
続きの言葉を飲みこんでいる。
言いたいことは、無論、キャサリンもわかっていた。
「先日、王都で評判になっているこちらの本を読みましてね」
キャサリンは持参した本をテーブルの上に置いた。
薄手の装丁に、金色の文字で題名が刻まれた恋愛小説だ。
ベアトリスの目が、それを見た瞬間にかすかに動いた。
「……ご存知でしたか?」
「ええ……。私も、少し前に」
ベアトリスの声が、わずかに柔らかくなった。
本の話になってから、表情が変わった。事前に聞いていたとおり、ベアトリスは読書家のようだ。
「女主人公の令嬢が、想いを打ち明けられないまま縁談を受け入れる場面があるでしょう? あそこがどうにも――」
「歯がゆいですよね」
ベアトリスが、思いのほか早く言葉を引き取った。自分でも少し驚いたような顔をしてから、小さく付け加える。
「……その、失礼しました。つい」
「いいえ、そのとおりだと思いますもの」
キャサリンが穏やかに返すと、ベアトリスがまた視線を落とした。
だが、今度は警戒からではない。
何かを考えているときの目つきだった。
ぽつりとベアトリスが話す。
「……主人公は、きっと怖かったのだと思います」
「怖かった?」
「はい。言葉にしてしまうことが。……届かなかったとき、何かが壊れてしまうような気がして、だから黙っているほうを選んでしまう。そういう人間がいるのだということは……わかる気がするんです」
キャサリンは何も言わない。
代わりに、ベアトリスが自分の言葉に気がついたように、またかすかに表情を引き締めた。
「話が逸れてしまいましたね、すみません」
「いいえ」
キャサリンは首を横に振った。
「おかげで、続きを読むのが、少し楽しみになりましたわ」
話が進むにつれ、ベアトリスの警戒心も少しずつほぐれていく。
本の話をするときだけ、彼女の言葉は迷わない。
意見を持っている。
ちゃんと、自分の言葉で語れる人間だ。
――なのに、困ったものね……。
キャサリンは内心で呆れたように笑っていた。
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