43 恋愛小説の理由
キャサリンは午後の紅茶を前に、机の上に広げた本へと目を落としていた。
薄手の装丁に、金色の文字で題名が刻まれている。
恋愛小説だ。
王都でここ最近、じわじわと評判になっている作品だった。
「……」
ページをめくる。
主人公の令嬢が、幼馴染の青年への想いを打ち明けられないまま、別の男との縁談を受け入れてしまう場面だった。
キャサリンは少しだけ眉を寄せる。
――なんでそこで黙るのよ。
心の中でつぶやいたところで、扉が静かにノックされた。
「お嬢様」
エマが部屋に入って来る。
手には書類を数枚持っていた。直近の情報をまとめたものだろう。
「最近は恋愛小説をよくお読みになっていますね」
書類を机の端に置きながら、エマが言った。
声音はいつもと変わらない。
しかし、その一言には明確に何かが含まれていた。
「……そうかしら」
キャサリンはページから目を上げず、短く返す。
「ええ。先週も別の一冊をお読みでしたし、その前の週にも」
「よく見ているわね」
「お嬢様のお世話をするのが私の仕事ですから」
それっきり、エマは何も言わなかった。
ただ静かに、キャサリンの横に立っている。
その沈黙がなんとなく居心地悪くて、キャサリンは本を閉じた。
「ベアトリス嬢のことが、少し気になっていてね……」
「道理で。お嬢様に恋愛小説は似合わないと思っていました」
間髪入れずに、エマが返す。
キャサリンは片眉を上げて侍女を見た。
エマはいつもと変わらぬ無表情だ。
悪びれる様子も、フォローを入れる気配もない。
「……。あなた、最近少し口が達者になっていない?」
「お嬢様のおそばで学んでおりますので」
キャサリンは返す言葉を探したが、見つかりそうになかった。
仕方なく、話を続ける。
「侯爵家の令嬢よ。最近、社交界への出席がめっきり減っているでしょう?」
「存じております。婚約者であるエドワード・クロスビー伯爵との関係が、あまり芳しくないようですね」
エマがうなずいた。
「ええ。だから気になっているの」
キャサリンはカップを手に取り、紅茶を一口飲んだ。
すでに紅茶は少しだけ、冷めていた。
「それで、恋愛小説ですか……」
エマがわずかに目を細めた。
ベアトリスは読書好きで知られている。恋愛小説が話題になっていることは、当然、ベアトリスの耳にも入っているだろう。キャサリンは内向的な令嬢との話すきっかけを作ろうとしていた。
「……精細な方でしょうからね」
キャサリンが涼しく答える。
「……なるほど」
エマが静かに一礼した。
それ以上は何も言わない。
ただ、その沈黙の中にかすかな笑みが潜んでいることを、キャサリンは見逃さなかった。
「何か言いたいことがあるなら、言いなさい」
「いいえ、何も」
「……」
キャサリンは机の上の本に視線を落とした。
金色の文字が、午後の光を受けて静かに輝いている。
「ベアトリス嬢に、連絡を取れる? 正式な形で」
「すでに文の準備をしております」
さらりと返ってきた答えに、キャサリンは苦笑した。
「本当に仕事が早いわね、あなたは」
「フィリップ様がいらした時点で、おおよそ次の動きは見えておりましたので」
素知らぬ顔のエマに、キャサリンはもう一度だけ片眉を上げた。
――どこにフィリップ様と関係があるのよ。
それから、窓の外に目をやる。
冬の王都は、どこまでも静かだった。
灰色の雲が空を覆い、今にも雪が降り出しそうな気配がある。
――さてと。
どんな令嬢なのかは、実際に会って見ればわかるはずだ。キャサリンは静かに立ち上がっていた。
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