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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
4話 リディア・ウルペッカ

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35 運命の分かれ道

 発表当日の朝、リディアは診療所に寄った。

 習慣だからという理由だけではない。

 今日という日を前にして、もう一度、カイムの顔を見ておきたかった。


「……」


 少年のベッドの前。

 椅子を引いて、リディアはしゃがみこむ。

 顔色は、先週より少しだけいい気がした。


「今日、発表があるの」


 リディアが声をかけると、カイムは目を丸くした。


「もう完成したのか?」

「ええ、そうよ。すごいでしょう? お姉さんを褒めなさい」


 今度は、はっきりとそう答えた。

 カイムが一瞬だけ目を見開いて、それからにししと笑う。


「ちぇっ、自力で治してやるつもりだったんだけどな。負けちまったか……」


 それが仲間たちに勇気を与えるための芝居であったことが、今ならばはっきりとわかる。

 だからこそ、リディアはカイムの小さな体を抱きしめた。


「……今までよく頑張ったわね」


 カイムの目に涙が浮かぶ。うれしさと照れ臭さで、またカイムはリディアを茶化す。


「やめろよ、姉ちゃん。青臭いぜ……」


 それでも堪えきれずに涙がぽろぽろとこぼれた。


「ちょっとは俺も手伝えたのかな?」

「えっ……?」

「ヴィクターって姉ちゃんの旦那だろう? 一緒に姉ちゃんを驚かせてやろうって、ちょっと前から姉ちゃんに内緒で薬をもらっていたんだ。体調の変化が見たかったんだって。でも、薬が完成しているなら、意味なかったのかな」


 激情に駆られそうになったリディアだが、どうにかそれを理性で抑えこんだ。


「カイムのおかげだよ。次からは、私が持って来るものを飲んでね。それから、ヴィクターは旦那じゃなくて……赤の他人だよ」


 リディアの胸から、ヴィクターへの思いは綺麗さっぱりなくなっていた。




✿✿✿❀✿✿✿




 王宮の発表会場は、前回と同じ熱気に包まれていた。

 貴族、医師、王宮の関係者。

 錚々たる顔ぶれが席につき、ざわめきが会場全体を包んでいる。

 新薬の発表というだけあって現場の空気には、濃密な期待が含まれていた。


「思ったより人が多いですね」

「こんなものじゃないかしら? まあ、それだけ注目されているのかもしれないわね」


 エマが尋ねれば、キャサリンは特に興味なさそうに答える。

 壇上の近くにはヴィクターが座っていた。

 前回と同じ、晴れやかな顔だ。

 今日の主役は自分だという自信が、立ち振る舞いの一つひとつに表れている。


 ――何も知らないのね。


 キャサリンは視線を動かす。

 背筋を伸ばして座るリディアの横顔が見えた。

 前回との違いは、一目でわかった。

 緊張の色がない。

 その目は静かで、どこまでも落ち着いている。


 ――準備が整っているのね。でも……何かあったのかしら。


 心なしか、ヴィクターへの視線が軽蔑の色を帯びているように見えた。


「まあ、いいわ」


 キャサリンは小さく息を吐いた。

 ルシアン殿下への根回しは済んでいる。

 エマが集めたセリーヌの証拠も、手元にある。

 欠陥を仕込んだ処方は、ヴィクターの手に渡っている。

 完璧だ。

 あとは、始まるのを待つだけだった。




✿✿✿❀✿✿✿




 発表が始まった。

 ヴィクターが壇上に立ち、会場を見渡してから口を開く。


「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 よく通る声だ。

 堂々とした姿は、発表者の見栄えとして悪くない。


「このたびランドール家では、長年の研究の末、難病の治療に有効な新薬の開発に成功いたしました」


 会場から、感嘆の拍手が起きる。

 医師たちが手帳を取り出し、メモの準備をはじめる。


 ――せいぜい今だけの栄誉を手にするといいわ。


 発表が進む。

 薬の概要。

 効能。

 投与の方法。

 流暢な説明が会場に響く。

 そうして、質疑応答の時間へと移った。

 最初に手を挙げたのは、王宮つきの若い医師だった。

 飾り気のない服装に、真剣な目をした青年だ。


「一点だけ。この薬の副作用については、どのようにお考えでしょうか? 非常に強い成分も散見されますので、相応の症状が出ると思うのですが……」


 ヴィクターは力強く答える。


「問題ありません。協力者によって十分に安全性を確認しております」


 即答。

 迷いのない声音。

 キャサリンはリディアを流し見した。

 リディアの顔は青ざめていない。


 ――そうね、リディア嬢。勝ちをつかみにいきましょう。


 若い医師は追撃の手を休めない。


「具体的な根拠を示していただけますか」

「……。それは……資料にも記載したとおりで」


 ヴィクターが書類に目を落とす。

 その手が、前回と同じようにさまよった。

 だが、以前にも増して言葉は出て来ない。

 当然だろう。

 欠陥の仕込まれた薬では、その問いに永遠に答えることは不可能だ。


「記載が見当たらないのですが……。それに、どうして毒を混ぜているのかも、教えていただきたい」


 若い医師が淡々と言った。

 会場がざわりと揺れる。

 医師たちが互いに顔を見合わせはじめた。


「……毒?」


 ヴィクターが呆けた表情で質問者を見返す。


「ええ、そうです。どちらも薬草として使われるものですが、一緒に混ぜてしまうと毒になる。あなたはそういうものを薬として使っているではありませんか。なぜ、そんなことを推奨しているのか、説明する責任があると僕は思いますが?」


 ――来る。


 キャサリンが静かに体を起こした。

 予定外の騒動に反応して、セリーヌが動くことは間違いない。

 リディアに責任をなすりつけるつもりだろうが、そうはいかない。

 小走りで近寄ったセリーヌが、王宮の関係者に近づいて書類を手渡す。

 改竄された証拠が、様々な者の手に渡っていく。


「エマ」

「はい、お嬢様」


 今回はエマを止めはしない。


「派手に行くわよ」


 侍女が静かに立ち上がり、するりと人込みの中に溶け込んでいく。

 会場の空気が変わり始める。

 ヴィクターのもとにも関係者が近づき、何かを告げる。

 困惑の色が広がっていく。

 ただし、その動揺は前回よりも弱い。


「……少々よろしいですか」


 キャサリンが立ち上がった。

 静かな声だったが、会場のざわめきがすっと引いた。

 エルフェルトという名前の持つ重さが、場の空気を変える。

 全員の視線が集まる中、キャサリンは落ち着き払ったまま続けた。


「セリーヌ嬢がお配りになった書類、少し私にも確認させていただけますか?」


 セリーヌの顔が、かすかに強張る。

 だが、すぐに取り繕った笑みを浮かべた。


「もちろんですわ。何も隠すことはございませんもの」


 その余裕が、今日で最後になるとは、まだ気づいていない。


「ありがとうございます」


 キャサリンがエマに目配せをする。

 エマが前に出て、手元の書類を静かに広げた。


「こちらは、セリーヌ嬢がお配りになった書類です。そしてこちらは、改竄前の原本です」


 エマが淡々と、2枚の書類を並べる。


「日付の書き換え。署名の差し替え。記録の順序の入れ替え。照合すれば、違いは一目瞭然ですわ」


 会場がしんと静まり返った。

 みな、何が起こっているのかわからないといった様子だ。

 キャサリンは言葉を止めない。


「この改竄が行われた経緯について、直接関与した者からの証言も取れております。エマ」

「はい」


 エマがもう一束の書類を取り出した。

 セリーヌの顔から、ゆっくりと血の気が引いていく。


「そんな……でたらめですわ!」


 セリーヌが声を上げた。

 しかしその声は、震えていた。


「でたらめかどうかは、王宮でご判断いただければよいかと」


 キャサリンが静かに言い放つ。


 ――ひとまず、セリーヌ嬢の茶々は止めた。


 これ以上は出しゃばらず、リディアにバトンを繋げよう。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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