33 罠の設計
翌朝、キャサリンの屋敷にリディアが訪ねて来た。
扉を開けた瞬間、キャサリンはリディアの顔を見て状況を察した。
目の下にうっすらと隈がある。
徹夜明けの顔だ。
しかし、表情は清々しく、その目には揺るぎない光があった。
「できました」
開口一番、リディアが言った。
「ご苦労様でした」
キャサリンは余計な驚きも、過剰な称賛も口にしなかった。
その言葉を穏やかに受け取る。
リディアが手帳を机の上に置いた。
「投与の順番さえ守れば、衰弱した患者でも副作用は十分に押さえられます。処方の仕方も、だれでも間違えないように工夫しました」
「見せていただけますか」
差し出された手帳を、キャサリンは開く。
内容の深いところまでは理解できないが、記録の丁寧さと細かさは十分に伝わった。
7年分の積み重ねが、一ページに凝縮されていた。
キャサリンが手帳を閉じ、リディアに返す。
「……これが本物ですわね」
「ええ」
リディアがうなずく。
「では、次の話をしましょう」
キャサリンが静かに言った。
「ヴィクター様の申請は、もう止められません。無理に止めてもかえって余計な混乱が起きるだけでしょう。発表は予定どおり行われます。セリーヌ嬢もここで動くはずです」
「わかっています。だから、逆に利用するのでしょう?」
リディアの目が、キャサリンを捉える
飲み込みが早い。
キャサリンは満足げに口元を緩めた。
「そのとおりですわ。向こうが動くなら、その動きを全部、こちらの証拠にしてしまえばいい」
キャサリンは3つの手順を順番に説明した。
一つ目。リディアが完成させた本物の処方を、発表当日まで信頼できる第三者に預けること。どれだけセリーヌが書類を改竄しようとも、この人物が本物を保証する証人になる。
二つ目。ヴィクターが申請に使う処方には、意図的な欠陥を仕込んでおくこと。表面上は完成品に見えるが、専門家が精査すれば明らかに未完成だとわかるものにする。発表当日の質疑応答で、その欠陥が暴かれる構造だ。
そして、三つ目。セリーヌの改竄工作の現場を、エマが証拠ごと押さえておくこと。
キャサリンは一拍置いてから告げる。
「預け先の第三者ですが、ルシアン殿下にお願いしようと思っています」
リディアの目が大きく見開かれる。
「第二王子殿下……ですか?」
「ええ、そうです。少しお付き合いがありましてね。何より王族が証人であれば、だれも覆せないでしょう」
リディアがしばらく言葉を失っている。
――まあ、無理もないわね。
ただの薬師の話に、なぜか第二王子が登場するのだから驚くのが普通だ。
「殿下は引き受けてくださるのでしょうか?」
「話を持っていくのは私ですから、ご心配なく」
あっさりとキャサリンが答える。
リディアが少し呆気にとられたような顔をしてから、ふっと息を吐いた。
キャサリンは話を戻す。
「それで……欠陥の仕込みですが、これはあなた自身にやっていただく必要があります。どこにどんな罠を仕掛ければいいのかは、あなたにしかわからないことですから」
「……はい」
自分の薬に欠陥を仕込む。
薬師としての矜持を考えれば、簡単なことではないはずだが、リディアの声は震えていない。
キャサリンはそのことを改めて認めながら、静かに立ちあがった。
「では、私はルシアン殿下へのもとに参ります。準備が整い次第、また連絡しますわ」
「ありがとうございます」
リディアが深く頭を下げる。
「礼はあとで」
キャサリンは軽く手を振って、応接室を出た。
廊下に出るなり、エマが静かに並ぶ。
「ルシアン殿下への文は、もう用意しております」
「……。本当に早いわね、あなたは」
キャサリンが呆れたような、感心したような声で言えば、エマが静かに一礼を返した。
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