表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
4話 リディア・ウルペッカ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/140

32 あなたの答えは、あなたが見つける

 数日後、リディアが屋敷を訪ねて来た。

 約束していたわけではない。

 だが、キャサリンにはそろそろ来るだろうという予感があった。


「自分の目で確かめてきました」


 応接室に通すと、リディアは椅子に座るなり、まっすぐにキャサリンを見た。

 その目には、数日前とは違う色があった。

 困惑でも、悲しみでもない。

 静かな怒りだ。


「本当でした」

 短い言葉だ。

 しかしその重さは、十分にキャサリンにも伝わった。


「ヴィクターが申請の準備を進めていること。セリーヌ嬢がヴィクターの周りで動いていること。そして……私が『待ってほしい』と言ったことを、ヴィクターが軽く見ていること」


「そうですか」


 キャサリンは小さなあいづちを打つ。

 余計なことは言わない。

 今のリディアに必要なのは同情ではないはずだ。

 リディアが顔を上げる。


「それで、私はどうすればいいでしょうか?」


 その質問は、弱さから来るものではなかった。

 次に進む準備ができているからこそのものだ。


「まずは薬を完成させましょう。あなたにならもう、それができるはずです」


 リディアがわずかに目を見開いた。




✿✿✿❀✿✿✿




 その日から2人の作業ははじまっていた。

 場所はリディアの調合室だ。

 キャサリンがエマを連れてリディアのもとを訪ねる。

 リディアは調合の作業をしながら、キャサリンの問いに答える。

 そういう形が自然と出来上がっていた。

 キャサリンは薬の専門知識を持っていない。

 調合の手順も、薬草の性質も、ほとんど何もわからない。

 それはリディアも、すぐに気がついた。


「……あなたは、薬のことをご存じないのですね」

「ええ、まったく」


 あっさりとキャサリンは認める。


「では、なぜここに?」

「話し相手になるためでしょうね」


 リディアが少し不思議そうな顔をした。


「話し相手……?」

「研究というのは、1人でやっていると煮詰まることがあるものでしょう? 外から問いを投げてくれる人間がいると、思考が整理されることがある。私はその役を買って出ているだけです」


 リディアはしばらくキャサリンを見つめ、そして小さく笑った。

 初めて見る、力の抜けた笑顔だった。


「……変わった方ですね、やはり」

「よく言われます」


 キャサリンが涼しく返す。

 エマも入り口で、笑いを堪えるように目を伏せていた。




✿✿✿❀✿✿✿



 3日目の朝のことだった。

 リディアが調合の手を動かしながら、ぽつりと言った。


「やっぱりわからないんです」

「……?」

「副作用の原因が。干渉している成分は絞り込めているはずなのに、再現性が取れない。同じ条件で試しても、出る場合と出ない場合がある」


 キャサリンは机の端に腰かけながら、リディアの手元を見た。

 薬草が丁寧に並べられている。

 試験管の列。

 細かい数字が並んだ手帳。

 7年分の積み重ねが、この小さな部屋に凝縮されていた。

 キャサリンが、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「再現性が取れない、ということは……。条件を同じにしているつもりでも、何か見落としている変数があるということ?」


「そのはずです。でも、それが何なのか……」


 リディアが手を止めて、手帳を見つめた。


「成分の配合は確認しました。温度も、乾燥の度合いも。思いつく限りの条件は全部試したはずなんですが……」


 キャサリンはしばらく黙っていた。

 薬の知識はない。

 でも、問いを立てることはできる。


「ひとつ聞かせてください」

「はい」

「副作用が出た場合と出なかった場合で、患者の側に違いはありますか」


 リディアが、顔を上げた。


「患者の側……」

「薬の調合だけでなく、受け取る側の条件も変数になり得るかと思って。例えば、年齢とか、体格とか……あるいは、体調とか」


 リディアの動きが止まる。


「……体調」


 キャサリンも言葉を止め、静かにリディアを見守った。

 リディアが素早く手帳をめくっていく。

 その目がすさまじい勢いで、ページの上を走る。


「副作用が出た記録……出なかった記録……患者の状態……」


 独り言が小さく漏れていた。

 まもなく、リディアがあるページで手を止める。


「……あ」

「どうしましたか」


 キャサリンが静かに問いかける。


「副作用が出た患者全員に共通することがあります。……薬を処方する順番が、本来のものと微妙に違っていました」


 そのせいで中和できるはずの成分が、うまく中和できていなかったのだ。

 立ち上がりかけたリディアが、はっとしてキャサリンを見る。


「あなたが患者の側を見ろと言ったから……」

「私は問いを投げただけですわ」


 キャサリンが静かに首を振る。


「答えを見つけたのは、あなたですよ」


 リディアが少しだけ目を細める。感謝とも、照れとも取れるあいまいな表情だった。


「……でも、1人では気づかなかったかもしれません」

「そうかもしれませんね」


 ――リディア嬢はすでに薬を完成させていた。でも、正しい投与がなされなかった。


 きっと平民の出だからと、侮られたのだろう。

 自力で気がつくのは不可能に近い。

 ミスしているのは自分ではなく、相手なのだから。


「でも、私の問いは、きっかけにすぎませんわ」


 リディアが少しの間キャサリンのことを見つめる。


「……やります」


 その声に迷いはない。


「だれがやっても間違えない完成版を作ります。必ず間に合わせます」

「信じています」



 キャサリンは力強くうなずいた。




✿✿✿❀✿✿✿




 その日の夕方、リディアは1人で調合室に残った。

 ランプの炎がいつもと同じように揺れている。

 薬草の束。

 試験管の列。

 びっしりと書き込まれた手帳。

 この部屋の景色は、何も変わっていない。

 変わったのは、リディアの中にあるものだけだ。


「……やってやる」


 独り言が部屋にこだました。

 手帳を開き、これまでの記録をすべて見直す。

 投与の順番。

 成分の配合。

 副作用が出た患者ごとの条件。

 全部ここにある。

 答えは最初から、この手の中にあったのだ。

 リディアは調合を始めた。

 迷いのない手つきで薬草を取り、丁寧に状態を確かめる。

 乾燥の具合。

 香り。

 葉の張り。

 一つひとつの動作が、いつもより少しだけ確かな感触を持っていた。


「投与の順番が鍵だった……」


 成分そのものではなく、体内に届く順番の問題だ。

 これが正しく守られれば、中和はきちんと機能する。

 だれがやっても間違えない処方の書き方をしないといけない。

 それがリディアの次の仕事だった。

 手を動かしながら、頭の中でカイムの顔が浮かぶ。

 青白い頬。

 それでも力強く輝く目。


『リディア姉ちゃんのほうが死にそうな顔しているぜ?』


 あの笑顔が、胸に刺さった。


「もうちょっとだから」


 だれにともなく、リディアはつぶやく。

 窓の外はとっくに夜だ。

 通りを行き交う人の声も、いつの間にか絶えている。

 それでもリディアは机を離れなかった。

 夜が更けるにつれて、処方の輪郭がはっきりしていく。

 試して確かめる。

 記録を取る。

 また試す。

 その繰り返し。

 だが今夜は、その一つひとつに確かな手応えを感じた。


「これで合っている」


 確信が、静かに積み重なっていく。

 夜明け前、リディアはペンを置いた。


「……できた」


 声に出すと、不思議なほど静かな気持ちだった。

 もっと大きな感情が来るかと思っていたが、そうではなかった。

 完成した処方の記録が、手帳の新しいページに書かれている。

 綺麗な文字だ。

 それはどの順番で投与しても、体内での成分の染み出し方によって、結果的にリディアの指定したとおりに戻される。


 間違えようのないものだった。


「カイム……ようやくできたよ」


 窓の外が、少しずつ白んでいる。

 王都の夜明けだ。

 リディアはしばらく、その光をぼんやりと眺めた。

 7年分の夜が、1枚ずつ剥がれていくような気がした。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ