31 薬師として
キャサリンは調合室の奥にある、小さな部屋に通してもらった。
簡素な椅子と机。
壁には薬草の束が吊るされていて、青みがかった香りが部屋に満ちている。
エマは入り口近くに控え、2人の距離を適切に保つ。
向かい合って座ったリディアは、警戒を隠していなかった。
――まあ、当然でしょうね
そこは気にせず、キャサリンは告げる。そこに前置きはない。
「単刀直入に申し上げます。ランドール家が、あなたの研究を王宮に申請しようとしています。あなたへの相談なしに」
リディアの表情が固まった。
「……。それをどうしてあなたが」
「知っているから、ここに来ました」
「どこから聞いたのですか」
「ここに足繫く通っているレナ嬢からですわ。もっとも、直接の面識はありませんので、ソフィア嬢からのまた聞きになりますが……」
リディアの目に複雑な色が混じった。
レナが動いてくれていたことへの驚き。そしてレナの名前が出たことへの、かすかな安堵。
しばらく目を閉じて考えこんでいたリディアだが、やがては顔を上げてキャサリンを見つめ返す。
そこに遠慮や媚びはない。
対等に話をしようとしている、真剣なまなざしだけがあった。
「本当のことを教えてください。あなたはなぜ私に教えに来たのですか? 公爵令嬢が私のような者のために動く理由が、わかりません」
核心を突く問いだった。
キャサリンは少しだけ間を置く。
タイムリープのことは言えないが、嘘をつくつもりもなかった。
「あなたの薬を待っている子どもたちがいます。その子たちに、本物の薬を届けてほしいのです。今のままでは、まだ薬とは言えないものが処方されてしまう。あなたが懸念しているとおりの未来です」
リディアの目が、わずかに揺れる。
「……。それだけですか?」
「ええ、もちろん」
リディアの名誉を回復することも、ヴィクターを成敗することも大事だが、最優先すべきは子供たちの命だろう。これを犠牲にしていいわけがない。
リディアはしばらくキャサリンを食い入るように見つめていた。
キャサリンが信じるに値する人間なのか、自分の目で判断しようとしている。
やがて、リディアが言う。
「わかりました。話を聞かせてください」
「ありがとうございます。では、始めましょう」
キャサリンは静かにうなずき、ソフィアとレナから聞いた情報を整理しながら伝える。
セリーヌの動き。
申請の経緯。
王宮での発表がどのような形で進みそうなのかという予定。
まだ、ソフィアとは話し合っていないが、リディアが直接確かめることはないだろう。
「……」
リディアは黙って聞いていた。
途中で感情的になることも、否定することもなかった。
静かに一つひとつを飲み込んでいく。
キャサリンが話しおえると、リディアは天井を見上げていた。
「自分の目でも確かめさせてください」
「もちろんです。いきなり婚約者を疑えというのも無理な話ですわ」
キャサリンはあっさりと首を振った。
「そういうわけでは……」
リディアが静かに息を吐く。
それからゆっくりと立ち上がった。
「数日、時間をください」
「いいでしょう」
キャサリンが答えると、リディアはもう一度キャサリンを見た。
何かを言いかけて、途中でやめる。
代わりに、深く一礼した。
退店するリディアの背中を見つめながら、キャサリンは侍女に言葉を投げる。
「エマ、次に行くわよ」
「はい、お嬢様」
やることは、まだたくさんある。
――でも、今度はすべて間に合わせるわ。
キャサリンは前を向いたまま、静かにそう思った。
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