122 過ぎ去りし日々(7)
菓子やポットの問題を片づけたときには、時計が午後1時を回っていた。もうあまり時間は残されていない。
キャサリン様の身支度を整えるべく、私は2階の主寝室へ向かう。
「あら、エマ」
部屋に入ると、キャサリン様は鏡の前に座っていた。
淡い藤色のドレスを身につけている。
お茶会用としては華美すぎず、そうかといって地味でもない。ちょうどよい品の良さだった。
「キャサリン様、ご準備はいかがでございますか?」
「ええ、おかげさまで。あなたのほうこそ、大丈夫なの?」
軽い口調でキャサリン様が振り返った。
私は微苦笑を浮かべて応える。
「ご心配には及びません」
「フランツィスカは、私には甘いんだけれどほかの人には厳しいのよね。あまり気にしすぎないでね」
「肝に銘じます」
キャサリン様が鏡の中の自分を見つめる。
「今日のお茶会、本当はあなたに頼みたかった仕事じゃないの」
「力不足で申し訳ありません」
「そういう意味じゃないわ。ローゼリアおば様って、少し癖のある方なのよ。あなたがうちに慣れるまでは、引き合わせたくなかったの」
言葉の意味を理解する前に、キャサリン様が話を続けていた。
「でも、フランツィスカがどうしてもって、しつこく言うものだから……」
「……。メイド長のご判断であれば、異論はありません」
「困ったら、いつでも私のほうに目配せしてちょうだいね。ちゃんと助け舟は出すから」
軽妙な調子の中に、確かな配慮が透けていた。
主人が侍女に「助け舟を出す」などと告げる機会は、本来あるはずがない。しかし、キャサリン様は当然のように口にしている。
「ありがとうございます。キャサリン様のご迷惑にならぬよう、できる範囲のうちは自力で対処いたします」
私の返事に、ややキャサリン様は不服そうに眉を寄せた。だが、すぐに表情を元の柔和な笑みに戻される。
キャサリン様も十分に心配性ではないかと思ったが、もちろん口に出すまではしない。そのお姿に、あの人と同じものを感じて、少しだけ私の目頭が熱くなった。
たった数日でホームシックになってしまうのだから、私は自分で思っているよりもずっと弱い人間だったようだ。
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午後2時、招待客の到着が始まった。
最初にいらしたのは、ヤイシュリン・ワーケンベルク様だ。
桃色のドレスを身につけた、はつらつとした令嬢で、年は私より1回り以上も下になる。馬車から飛び降りるように出て来る姿は、貴族らしからぬ闊達さがあった。
「久しぶりね、キャサリン!」
そのままキャサリン様に抱きつかん勢いだったが、ワーケンベルク家の執事にぎろりと睨まれたために、どうにか寸前で制止していた。不満げに自分のところの執事を見つめ返すが、日常茶飯事のようで、執事側に意に介した様子はない。
「ヤイシュリン嬢、相変わらず元気なのね」
キャサリン様の声が、少しだけ柔らかい。幼馴染とのことだが、本当に気の置けない間柄なのだろう。次に到着したのは、ゾーラ様。落ち着いた藍色のドレスを身につけた、物静かな令嬢だった。
挨拶は短い。
だが、一つひとつの所作に気品がある。お辞儀の角度も、挨拶の流れも、典型的な令嬢の作法に忠実だった。
「お招きいただき、光栄です」
「ええ、いらっしゃってくださって嬉しいですわ」
キャサリン様の応対もいくらか改まったものになっている。
そして、最後にいらしたのがローゼリア様だった。
お年の頃は50代の前半。
深緑のドレスに、髪をきっちりと結い上げている。馬車から降りて来る姿には、長年社交界の中心にいた者特有の、ゆったりとした威厳があった。
顔立ちには年相応の皺があるが、目の光はまだまだ若々しい。
「ようこそ、ローゼリア伯母様」
「ご機嫌よう、キャサリン」
ローゼリア様は、軽くキャサリン様の頬に手を添えた。それを受けて、キャサリン様が子供のように目を細めている。仕草に2人の親密さがにじんでいた。
直後、ローゼリア様がちらりと私に視線を向ける。
見知らぬ侍女のことが気になったのかもしれない。
私は急いで頭を低くした。
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