121 過ぎ去りし日々(6)
「ご招待客は3名です」
茶会の前日、私の部屋に立ち寄ったメイド長が来客の名前を告げた。
昨日と一昨日は、屋敷の構造とエルフェルト家の流儀を調べるだけでほとんど使ってしまった。
「ガドリャスカー侯爵未亡人ローゼリア様。ワーケンベルク伯爵令嬢ヤイシュリン様。それから、ムガラッチ男爵令嬢ゾーラ様」
名前を耳にしながら、頭の中で家格を順序立てて整理する。
筆頭はローゼリア様だろう。
侯爵家の未亡人。それもガドリャスカー家といえば、社交の場で頻繁に挙がる家名だった。貴族の社会から離れて久しい私でさえ、その名を耳にすることがしばしばある。
旦那様は宮中に近い職にあったと聞いている。貴族年鑑の記憶が正しければ、ローゼリア様はキャサリン様のお母様の姉君だ。つまり伯母君である。
最年少はワーケンベルク家子爵のヤイシュリン様だろう。キャサリン様より2つ年下のはずだ。
「ローゼリア様はお嬢様を実の娘のようにかわいがっておられます。それに作法にはめっぽう厳しい方よ。機嫌を損なわぬよう、くれぐれも注意を払ってね」
メイド長の眉は、いつもより少しだけ寄っている。どうやら、彼女自身も明日のお茶会には相応の緊張を感じているらしい。
「ほかのおふた方については?」
「ヤイシュリン様はお嬢様が幼少の頃からのご友人。屋敷にもよくいらっしゃるので、特段、堅苦しいおもてなしは必要ないわ。ただし、お話好きなので、お茶のお代わりの間合いには気をつけてちょうだい」
うなずき必要な情報を頭に刻みこむ。
「ゾーラ様とは去年からのお付き合いよ。落ち着いた方で、口数は多くありません。着席されたら、お声がけは控えめになさるとよろしい」
気をつけるべき点が明確だ。メイド長の説明は簡潔だが、要点を押さえている。長年の経験が透けて見える指示だった。
ここでメイド長がまっすぐに視線を私に向ける。
「当家の流儀はもう知っているわね? お嬢様の隣に侍るのはあなたよ。ご名誉がその所作の一つひとつにかかっていると思いなさい」
はっきりと感じられる圧力。
脅しているわけではないが、事実をただ告げていると捉えるには、目に宿った色があまりに鋭い。
「……。承知しております」
「結構よ」
短く返してメイド長が去っていく。
私は胸中で深く息を吐いた。
視線が机の上に向く。
手紙を書くのは、一段落してからになりそうだ。
明日のお茶会を無事に乗り切ったなら、その夜にきちんとしたためよう。
✿✿✿❀✿✿✿
屋敷の中は朝早くから慌ただしかった。
午後2時から、いよいよお茶会がスタートする。
私はナリスター様のもとを訪れ、エルフェルト家の流儀を再度確かめていた。
ナリスター様は40代半ばの、てきぱきとした女性だ。メイド長とは違って、言葉の温度もいくらか高い。
「茶葉は、シルバーチップを最初にお出しします。2杯目以降はローゼリア様の好みに合わせて、ネーベルシュリア産のオレンジペコーに切り替えてくださいな」
「承知しました」
「お菓子は東側のものから順に。ヤイシュリン様は甘いものがお好きですから、シュガータルトは多めに置いてください」
「ゾーラ様には?」
「あの方はお紅茶を楽しまれる方ですわね。お皿は控えめでよろしいかと」
ナリスター様の指示は具体的で頭に入りやすかった。
一通りのことを覚えてから、私は給仕用の道具を確かめに台所へ向かう。そこで最初の問題に行きあたった。
「申し訳ありません……。用意していたティーポットが、昨晩割れてしまったのです」
台所の若い使用人が、青ざめた顔で報告して来る。キャサリン様お気に入りの白磁のポット。ローゼリア様にも昔から馴染みのあるものだそうで、本日の茶会のためにわざわざ用意していたものだった。
「……。代わりはありますか?」
「予備のポットはございますが、お嬢様がお気に入りのものとは違う形でして……」
「形が違うだけならば、特に問題はないでしょう。今は予備のポットを検めるほうが先です」
若い使用人は、私の返事を聞いても、まだ何か言いたげだった。
「ほかにも何か?」
「それと、もうひとつ……」
言いよどんでいる。
私は急かさずに、続きを待った。
焦ってもろくなことがない。
「……。実はお茶会用のお菓子の配達が届いていないのです。本来であれば、1時間前には届く予定だったのですが……」
時計を確かめれば、残すところあと3時間だ。お菓子が届かなければ話にならない。
「配達はどちらに?」
「フィスター菓子店からです。すでに使いを出しているのですが、戻って来ません」
南側にある有名店だ。歩いて向かうならば、片道で20分はかかる。
「ナリスター様に知らせた上で、馬車で向かいましょう。私からも一筆したためますので、店主に直接渡してください」
使用人が驚いたように目を丸くしていた。
「お忙しいところを……」
「だからこそです。二度手間は絶対に避けるべきです。菓子の遅延は茶会の進行そのものに影響します。エルフェルト家の名誉に関わる以上は、迅速に対処するのが筋でしょう」
言ってから、私は自分の言葉に少しだけ意外性を感じた。
腕に覚えはないはずなのに、ずいぶんとさまになっているように思えたのだ。
お手数ですが、ブックマークと評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




