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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(下) 面影のラグーシア

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120 過ぎ去りし日々(5)

 階段をさらに2階ぶん上がると、廊下の突き当たりでメイド長が足を止めた。


「ここがあなたの部屋さね」


 通された部屋は想像していたよりも整っていた。

 寝台と机、衣装だんす。

 窓は中庭に面していて、午前中はよく日が差しこみそうだ。床は丁寧に掃き清められ、寝台の上掛けは皺ひとつなく整えられている。


「お嬢様つきの侍女には、角部屋をあてるのが慣例でね。お嬢様のお呼びがあれば、すぐに駆けつけられる」


 かたじけない配慮だ。

 私は荷物を寝台の脇に置き、メイド長に向きなおった。


「ご丁寧にありがとうございます」

「お礼を言われるほどのことではないわ。当然のことだもの」


 窓辺に近づいたメイド長が、軽くカーテンの位置を整える。


「お嬢様つきとしての仕事が本格的に始まるのは明日からよ。今日は屋敷の中を歩いて、配置を覚えなさい。何かわからないことがあれば、すれ違った使用人に尋ねても構わないわ。ただし、皆それぞれに仕事を抱えているから、長話は無用に」


「承知しました」

「それから――」


 メイド長が振り返る。

 まだお小言があるのかと、私は内心でげんなりした。

 だが、その目にはあったのは、これまでとは少し違う色だ。


「明後日、当家でちょっとした集まりがあるの。お嬢様にお呼ばれしている方々のもてなしね。あなたには、その日にお嬢様の補佐をお願いしたいのだけれど……いいかしら?」


「……。もちろんです」

「集まりとは言うけれど、お茶を召し上がるだけのささやかな会よ。とはいえ、招待客は皆さま家格のある方々だから、粗相のないようにね」


 頼んでおいて失敗するなと言っているのだから、真に受けてはいけないだろう。これは私を試しているのだ。


 元子爵の娘として、私に高貴な作法がどこまで身についているのか、それを知りたいのだと察した。


 私は何も言わずに、頭を下げる。

 部屋を出て行くメイド長の姿を、私はしばらく横目で見送った。

 まもなく、扉が閉まる。

 私は寝台の縁に腰をおろし、ようやくひと息ついた。

 窓の外では、雨上がりの中庭が午後の光を浴びている。木々の若葉が、ぽつぽつと水滴を落としていた。


「明後日……」


 元の家にいた頃は、母や乳母から作法を叩きこまれたものだ。

 しかし、最後にそうした社交の場に出たのは、いったい何年前のことだろう。

 目を閉じ、薄れていく記憶の中から、どうにか関係のある情報を思い出す。お茶の出し方、立ち位置、声のかけ方、給仕の順番。頭の中で一つひとつ確かめてみる。


「大丈夫かしらね」


 どうにか体は覚えていそうだ。

 以前に、ふざけて主人にエマ・ドミスターだった頃の私で接したことを思い起こした。あれはたしか、主人の作品が表彰されたときだっただろうか。私からも祝ってあげたくて、何かしてほしいことはないかと聞いたときの返事が、昔の私を見てみたいというものだったのだ。


 もっとほかにあるだろうと呆れてしまったのだが、どうしてもと頼みこんで来る熱意に負けて、結局は披露することになった。自分の過去を強く求められたことに、悪い気はしない。好きな相手なのだから、当たり前だ。


 主人との戯れが、今の私を救っているのかと思うと、なんだか不思議な気持ちにもなる。きっと、あのとき主人につきあっていなければ、作法を思い出すまでに、もっと時間がかかっていたに違いない。


 もちろん、主人とのじゃれつきだけで慢心するつもりはない。

 今日明日で、屋敷の使用人たちに尋ねて、エルフェルト家の流儀を確認しておこう。家ごとに細かな違いがあることも多い。それを把握しないまま当日を迎えるのは、さすがに避けたい事態だった。


「……」


 机の上に視線を落とす。

 私物を整理して、夫からの手紙を入れる場所も決めなければいけない。

 主人は腕を怪我しているので、しばらくは私に手紙が届くことはないだろうが、向こうも読むことくらいはできるはずだ。定期的に私の近況を報告してあげたい。


 窓の外で、若葉がもう一度、水滴を落とした。

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