119 過ぎ去りし日々(4)
季節外れに長く続いた雨も、エルフェルト家での就職が決まった翌々日には上がっていた。
持参した荷物を抱え、私は使用人のための通用口から、屋敷の中へと入る。
最初の出仕だ。
通用口の扉は、想像していたよりも頑丈な造りをしている。
使用人の出入りにしか使われないとはいえ、公爵家の入り口。失われた実家の正門と同じくらいの厚みがあった。
「……」
スケールの違いに、しばし目が点になる。
扉を抜けて短い廊下を進むと、すぐに控え室があった。もっとも、そこはこじんまりとした部屋ではなく、10数人が同時に座れるほどの広さがある。私が以前世話になっていたミリアムさんの商家であれば、居住空間のほとんどがここに収まってしまうだろう。
「あらまあ、いらしたね」
奥から声がかかった。
よく通る声だ。
耳に届く前に、空気に通り道を作っているような響きがある。
声の主は控え室の中央辺りに立っていた。
歳は私より2回りほど上。背丈は私よりやや低いが、体格はがっしりと恰幅が良い。屋敷の使用人服を一分の隙もなく着こなし、白髪の混じった頭髪をきっちりと結い上げている。
眉は太く、唇は薄い。
その目が、私の頭の先から足のつま先まで、素早く往復した。
ふん、と短く鼻を鳴らす。
不愉快そうな顔ではないが、好意的とも言いがたい。ただ、目の前のものを観察し、評価をくだす。淡々と作業を行っている顔だった。
「フランツィスカよ。当家のメイド長になるわ」
名乗りには、無駄な飾りがない。私は荷物を置き、頭を下げた。
「エマと申します。本日よりよろしくお願いいたします」
「悪くない挨拶だね」
メイド長は鷹揚にうなずいた。
褒めたわけではなさそうだ。単に事実を確認したという口ぶりだった。
「お嬢様から話は聞いているわ。あなたを選んだのは、ほかでもないお嬢様ご自身。そこに口出しするつもりはないけれど――」
含みを隠そうともしていない。
私が選ばれたことを、メイド長は納得していないのだろう。もっとも、自分がどうして採用されたのかは、私自身にさえわからない。エルフェルト家ならば、もっと優秀な人材からの応募もあったのではないか。
「こちらの仕事に支障が出るようじゃ困るわ。先に言っておきたいのだけれど、お嬢様つきの侍女というのは、屋敷の中でも難しい持ち場になるの。相応の覚悟で臨んでほしいものね」
「一所懸命の精神で務めます」
「はりきって済む仕事ばかりじゃないんだけど……」
微苦笑を浮かべたメイド長が、一瞬だけ遠い目をする。その表情には、長年屋敷を取り仕切ってきた者の、独特の重みがあった。
厳しい言葉ではあったものの、嫌味の毒は薄い。慣れた相手に向けられる種類の口調なのだろう。新人でこそあれども、私を対等の使用人として扱おうとしている気配があった。
その点はありがたい。
「部屋に案内するから、ついていらっしゃい」
歩きながら、メイド長が屋敷の構造を簡潔に説明していく。
曰く、使用人棟は屋敷の東側に位置する、と。主屋とは渡り廊下でつながっており、夜分でも雨に濡れずに移動できる。地下には食材庫と洗濯場。1階には台所と控え室があり、2階以上が私室になっている。もちろん、どちらも使用人のためのものだ。
主屋のほうは、1階が応接間と食堂と書斎。2階以上が家族の生活空間になっている。屋敷の周囲には広大な庭があり、果樹園・花壇・池・馬場と、大抵のものが揃っていた。
使用人の数は、現在およそ30名。料理人、洗濯係、庭師、馬丁、執事、メイド、専属侍女……それらの全員を、メイド長が統括している。
「わからないことがあれば、まずは私に聞きにいらっしゃい。留守のときはナリスター……副長に尋ねるといいわね。最初は何かと不慣れなことが多いでしょうけど、誰かに聞くことを恥ずかしがってはいけないよ」
言葉そのものは親切だが、その裏には「聞かずに勝手なことをすれば許さない」という静かな圧力を感じた。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




