123 過ぎ去りし日々(8)
お茶会が始まる。
応接間の中央には円卓が据えられ、その周りに4つの椅子が並べられていた。キャサリン様を主役に、その右隣にローゼリア様、左隣にヤイシュリン様、向かい側にゾーラ様という配置だった。
私は円卓の少し後ろに控え、必要に応じて給仕に動く。
最初の紅茶はシルバーチップ――新芽だ。
ポットから順に注いでいく。家格に従って、ホストであるキャサリン様が最後だ。
まずは、ローゼリア様にカップをお出しする。取っ手をわずかに左へ向けて置いた。右利きの場合、通常、取っ手の位置も利き手側だが、年長の女性に対しては左に寄せるのがベターだ。理由は定かではないが、左手を添えることで美しい所作を強調するためだと聞く。
ローゼリア様が、わずかに目を上げた。
「ありがとう」
穏やかな声だ。
含みはない。
子爵家独自のローカルエチケットかと焦ったが、杞憂だったらしい。流儀は昨日までに確認したつもりだが、細かい部分が抜け落ちていたせいで、疎かになっていたようだ。
私は頭を下げ、元の位置に戻った。
「ねえ、キャサリン。聞いてくれる? この前ね、兄上様から手紙が届いたんだけれど、また変な土産話を書いているのよ」
ヤイシュリン様の声が応接間に響く。
話題はすぐに弾み、ゾーラ様も控えめに輪の中に加わった。
キャサリン様の応対は、相手によって温度が微妙に変わる。ヤイシュリン様には軽口、ゾーラ様には穏やかな相槌、ローゼリア様には敬意を持った口ぶりだ。それらを自然に切り替える姿は、世間知らずな令嬢の姿とは全く別物だった。
2杯目の準備に移る。茶葉のグレードはオレンジペコー。
カップを置く瞬間、底を撫でるように指を抜く。振動で波面を作らないようにするための、細やかな配慮だった。そのまま体を斜め後ろに下げ、素早くゲストたちの視界から遠ざかる。このほうが直線で外れるよりもスマートなのだ。
2杯目のお茶を含んだローゼリア様が、はっきりとした視線を私に向けた。
責めるほどに鋭いまなざしではないが、警戒するような含みがある。
紅茶の産地を間違えただろうか?
いや、それはない。
何度も確かめたのだ。今お出ししたのは、間違いなくネーベルシュリア産のはずだ。
まもなく、ローゼリア様の視線が私から外れる。それから、考えこむように一度だけ指でカップの底を撫でた。
ドキリとした。
先ほどの所作のどこかに、エルフェルト家にとってのタブーがあったのではないだろうか。ほかの招待客に気にするそぶりがないため、恐らくはローゼリア様だけがわかる些細なものだ。
しかし、キャサリン様に専属の侍女としては犯してはいけない過ちだったかもしれない。
少しずつ、時間とともに胸が早くなっていく。
窺うようにローゼリア様のほうに視線を向けても、すでに夫人はキャサリン様とのお喋りに関心を寄せていた。
こうなっては仕方がない。
もはや気を揉むだけ無駄だろうと、私は給仕の続きに戻る。
以前、夫が私のことを豪胆だと評していたが、存外、そのとおりなのかもしれない。
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