114 過去を正す者、過去を汚す者(3)
おもむろにビオラが外套の前を開く。
下から、きらりと光るものが見えた。
ナイフか、それに類するものだろう。
――ビオラ嬢……。
最初から武器を携行しているというのだから、生半可な覚悟でこの場に現れてはいないに違いない。
ラグーシアへと駆け寄ったビオラが、手に持ったナイフを振りおろす。今度はキャサリンの目にもはっきりと、それが人を傷つけるための道具であることがわかった。
だが、ビオラの一刀はあたらない。
ラグーシアはビオラの動きを完全に読み切っているようで、鮮やかにかわすと、代わってビオラの腕をひねり上げた。
「ぐっ……」
ビオラが苦悶の声を漏らす。
さすがに、異常な精度で男を篭絡できる魔性の女性であっても、武術の心得までは持ち合わせていないということか。
――逆に、ラグーシアが平然と対処していることが気がかりね……。
キャサリンは冷静に現況を分析した。
楽しそうな声を上げ、ラグーシアがなおもビオラに苦痛を与えた。
「うふふ、中々いい余興ね。でも、声を上げながら相手に向かっていく暗殺者はいないわ。あなたは全然、なっていない」
「……。ラグーシア……。よくも、よくもハインリッヒを……」
憤怒の形相で、ビオラが悪女を睨む。
手を放し、明後日の方向にビオラを追いやったラグーシアが、そのままキャサリンの侍女を投げ捨てていた。
「エマ!」
慌ててキャサリンも駆け寄る。
倒れこんだエマは、うつろな視線で周囲に視線を向けていた。
「ダミアン様……。どこに……?」
壊れきったエマの姿を確認するや、ラグーシアが満足げにうなずく。
「また会いましょう」
「エマを元に戻しなさい!」
「それはあなたのやるべきことでしょう? もっとも、あなたの逆行であたしの面影に勝てるのかは疑問だけれど」
くすくすと醜悪な笑みを浮かべたラグーシアが、黄緑色のドレスを翻しながら、通りを悠々と歩いていく。
キャサリンは呆然とその姿を見つめるしかできなかった。
立ち向かうには、あまりにも情報が不足していたのだ。
できることなら、この相手には同じ目的を持った仲間がほしい。それもとびきり優秀な人間であることが望ましい。不本意だが、それはビオラになるのかもしれない。
そう思ったキャサリンは、エマの体を壁にもたれかけさせると、ビオラを心配して近づいていった。
「ビオラ嬢……」
手を差し伸べれば、目に涙を浮かべたビオラが自分のことを見返して来る。その涙は、決して男を落とすための色香として用いられるものではなく、純粋な悲嘆に満ちていた。
「……安い同情なんかいらないわ。私はあんたのことも大っ嫌いよ、キャサリン・エルフェルト。あんたは自分の侍女を救うことだけ考えていなさい! あの女は、刺し違えてでも私が殺すわ。邪魔なんかしたら、ただじゃおかないわよ」
キャサリンの手をはねのけるようにして立ちあがったビオラが、ラグーシアのあとを追うように小走りで進んでいく。
「……。あなた1人じゃラグーシアを見つけることさえできないじゃない……馬鹿女」
責めるようにキャサリンは独り言ちる。
――もっと素直に周りを頼りなさいよ……。
つぶやきは、春の風に乗ってすぐに消えてしまった。
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