113 過去を正す者、過去を汚す者(2)
ビオラの口から漏れた言葉に、キャサリンは目を見開いた。
――変幻自在ってわけね。
ビオラの目にはダライアス以外の人間が映っているのだろう。エマの調査では、ビオラに特定の恋人らしき人物は挙げられていない。交流があるならば、エマが見落とすとは考えにくい。ハインリッヒがダライアス同様、死者かそれに近い状態であることは明白だった。
――ひょっとして、横取りした財産の使い道というのも……。
あまり考えたくはないが、ダメンズハンターとしての執着の裏には、現実的な理由が存在しているのかもしれない。
エマは目を閉じたまま、ラグーシアにしなだれかかっている。まだ姿が変わったことにさえ、気がついていなそうだった。
――生死を問わず、相手にとって最愛の人間をかたどれる。
強力な効果だ。
そして、非常に残酷な能力でもある。
「純愛って素敵よね」
うっとりとした表情で、ラグーシアは語る。
いかにも乙女然とした口ぶりだったが、ラグーシアの台詞からは神経を逆なでするような不快さしか受けない。
わなわなと震えながら、ビオラが奇妙な言葉を口にする。
「あんたがハインリッヒを騙したのか……」
その発言は、目の前にいる相手が本物のハインリッヒではないという確信に裏打ちされていた。
同時に、キャサリンもまたビオラにまつわる事情に気がついてしまう。
――まさかビオラ嬢も!?
ラグーシアが真似できるのは、なにも男に限った話ではないのだ。
「ええ、そうよ」
悪びれることなく、ラグーシアはうなずいた。
「あたし以外の女にぞっこんなんて、焼けちゃうじゃない? だから、あなたの姿でハインリッヒの初めてを奪ったの。情熱的な夜だったわ。あなたにも聞かせてあげたいくらい」
「悪趣味がすぎるわよ、ラグーシア!」
ビオラよりも前に、キャサリンが抗議する。
これまでのビオラは軽蔑するべき対象だったが、事情は違うのかもしれない。何より、ラグーシアの行動はとても見過ごせるものではなかった。
キャサリンの言葉を聞いたビオラが、ラグーシアの人名を小声でくり返す。決して忘れないように、ありったけの憎悪を込めているようでさえあった。
「それにしても、もうハインリッヒが中古品になってしまったのに、いつまでも貞操を保っているなんて、あなたってば本当に健気なのね。あなたみたいな女、あたし大好きなの。ご褒美をあげましょうね」
嫣然とラグーシアが小首を傾げる。
もちろん、言葉どおりに慕っているわけではないだろう。
エマ同様、ラグーシアにとってビオラは忌むべき相手のはずだ。
「真に受けちゃダメよ――」
何をしでかすかわかったものじゃない。
とっさにキャサリンはビオラに忠告をするも、ラグーシアの声はよく通った。一言一句、はっきりと不愉快な内容がキャサリンにも聞き取れてしまう。
「最後にハインリッヒが言っていたことを教えてあげるわ。『ごめん、ビオラ。裏切ってごめん』だったわ。純愛って素敵よね。でも、他人のやつだと、どうしてこうも反吐が出るんでしょうね? 男の子はみんなあたしだけを見ていればいいの」
めまいがした。
これまでの経緯だけでも、ハインリッヒの身に何が起こったのかは察せてしまう。みずから命を絶とうとしたに決まっている。
「殺してやる……。あんただけは、必ず私が殺してやるわ、ラグーシア!」
ビオラの拳がきつく握りこめられる。爪の食いこんだ手のひらからは、血がにじんでいた。
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