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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(下) 面影のラグーシア

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112 過去を正す者、過去を汚す者(1)

 通りの喧噪が遠くに感じられた。

 無論、騒音自体は変わっていないはずだ。リネン通りの石畳の上を、買い物客たちは相変わらず行き交っている。商人の声も、行商人の足音も、いつもどおりに響いていた。


 ただ、その音がキャサリンの耳までは届かない。

 目の前に立つラグーシアという女性が、五感のすべてを奪っていた。


『タイムリープしている人がいるのよね? それはほかでもなく、キャサリン・エルフェルト――あなたよ』


 ラグーシアの言った台詞が、頭の中で残響している。

 ジェームズ殿下の婚約破棄の一夜。

 牢の中で天井を見上げた瞬間。

 すべてやり直したいと願ったあのとき以来、誰にも明かしたことのない秘密だ。エマにさえ気取らせまいと、これまで慎重に隠し通して来た。


 それを、初めて会ったはずの女性がこともなげに口にしている。

 これで驚くなと言うほうがどうかしている。


「……」


 キャサリンは何も答えなかった。

 それを見たラグーシアが、おかしそうに笑う。


「別に隠すこともないでしょう? これはあたしたちの才能なんだから、もっと自由に使わないと」


 ラグーシアがしゃがんでエマの頬を撫でた。

 エマがうっとりと目を閉じる。

 苦しさはひと欠片もない。

 世界中の幸せを独り占めしているかのような顔だった。

 見ていられず、キャサリンは視線を外した。


「やめなさい」

「あたしの面影は、相手が心の奥底から会いたいと願っている姿を、あたしが借りるっていうもの。便利でしょう? 誰の心にも、1人くらいはそういう相手がいるものね。亡くした夫をいつまでも慕っているなんて、素敵だわ」


 ラグーシアの発言に、キャサリンの頭に血がのぼった。


「いい夢でも見させているつもり? ふざけないでちょうだい!」

「まさか! 心外だわ。女の中でも、こういう貞潔な女があたしは一番嫌いよ」


 軽い口調だ。

 社交の場で、雑談を切り出すような気軽さでラグーシアは答えた。

 キャサリンの眉がぴくりと動く。


「……なんですって?」

「あら、怒ったの? あたしは自分に正直なだけよ。女の子なら、誰しも一度は思ったことがあるでしょう? 世界中の男性は全員自分だけを見ているべきだし、それを邪魔する女はみんな死ねばいい」


「何を言っているの……?」


 これまでキャサリンは多くの悪意ある人物と対峙して来た。

 だが、眼前のラグーシアはそのいずれとも似つかない異質な存在だ。


 ――まさか、本当にそんな理由でエマを?


「ずるいわ。あたし以外の女に夢中になるなんて。ダライアスはいけない人。それをさせている、この女が悪いのよね? 許せないわ。ぐちゃぐちゃになればいい」


 ラグーシアはエマの腰を抱き寄せた。

 その仕草に、ラグーシアの本性が透けて見えている。完全に所有物の扱いだ。


「だから、こうやってかっさらってあげるの。愛する人が来たと思いこんでくれれば、あとは簡単よ。あたしのために死んでもらうもよし、暴露して心を折るもよし。もちろん、女だから死んでもらうわね」


 キャサリンの全身に、震えるような怒りが走った。

 エマの胸の奥にある、ダライアスとの数年間。雨の日の店内で受け取ったというガラスの花。プロポーズの場面。それらすべてを、この女は塗り潰そうとしているのだ。


「絶対にあなたを許さないわ」

「ふふ、怖いわね。でも、どのみち、この女からすればダライアスは用済みよ。生きていないのが残念だけれど、これでダライアスを奪う準備が整うってわけね。……もちろん、あなたのことも覚えているわよ」


 ラグーシアがキャサリンから視線を外して、髪をかき上げた。

 左側から駆け寄って来た人物を認め、キャサリンは素直に驚いた。


 ――ビオラ嬢?


 赤髪の女性はキャサリンのそばまで来ると、口元に手をやって驚愕を露わにしていた。

 心なしか、小刻みに手が震えているようにも見える。


「……ハインリッヒ?」


 訝しげにつぶやくビオラに、ラグーシアは醜悪な笑みを見せていた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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