111 悼むべき命日(6)
それはキャサリンの直観だった。
「エマ、そいつから離れなさい!」
尾行していたことを明かしてでも、今すぐに対処するべきだと思ったのだ。
それを受け、ギルバートも駆けだした。馬を呼んで来てくれるのだろう。
通りの真ん中で、エマがゆっくりと振り返る。
だが、すでにその顔には、見慣れた表情がない。
無表情の代わりにあったのは、わずかに紅潮した頬と、輝くような瞳――そして、淡くほころぶ微笑みだ。
「お嬢様、聞いてください」
声が明らかに弾んでいた。キャサリンのほうへと、エマが駆け寄って来る。
人前で走るなと、口を酸っぱくして注意する侍女の行動だとは信じられない。
「エマ……」
侍女がキャサリンの腕を取った。これもエマならば絶対にしない仕草だ。
「夫が生きていたんです」
「――ッ」
言葉がうまく入って来なかった。
――嘘よ……。
頭の中で言葉遅れて意味を結んでいく。
早すぎる。
そんなはずはない。
まだ出会ったばかりではないか。
こんなにも序盤で、すでにエマの中で歯車が狂っていたというのか。
キャサリンは、エマの後ろに立つ女性を半ば睨むように見つめた。
「あら、怖いのね。エルフェルト家ともあろう者が、初対面の相手にそんな視線を向けるなんて、心外だわ」
その声には、退屈そうな倦怠感と、底のない好奇心が同居していた。
「嫌ですわ、あなた。そんなかわいらしい言葉づかいだなんて」
エマは体をくねらせて、恥ずかしげに抗議する。
侍女の姿には一瞥もくれず、女性はエマを後ろから突き飛ばした。
もはや乱暴にされることさえも喜ばしいのか、小さな悲鳴を上げたエマは、それでも恍惚とした表情で女性のことを見上げている。
女性がにやりと笑った。
「前にもこういうことがあったの。ほんのちょっと小突いただけなのに、もうずいぶんとあたしに夢中になっちゃっていることがね。ふ~ん、そっか。そうなのね。ようやく合点がいったわ」
「な、何を言っているの?」
「あなた、見えているんでしょう。あたしのことが」
驚くべきなのは相手のほうだというのに、なぜ自分のほうが息を飲んでいるのだろう。
通りの喧噪が、急に遠くなった気がした。
「そうよね、あたしに力があるんだもの。ほかの人が持っていたって、別に不思議じゃないわ。能力同士がぶつかると、変なふうになっちゃうのね。出会ったばかりのこの女が、すでにあたしの虜なのは、一度もう術中にはまっているから。タイムリープしている人がいるのよね? それはほかでもなく、キャサリン・エルフェルト――あなたよ」
今度こそキャサリンは何も言えなかった。
誰にも話したことのない秘密を、易々と看破されてしまって平常心でいられるわけがない。
「初めまして、逆行。あたしはラグーシア。あなたと同じ、地獄から這い戻って来た者よ」
視界の端で、出番を窺うように赤い髪がちらちらと動いていた。
〈(下) 面影のラグーシアに続く〉
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