110 悼むべき命日(5)
命日当日の朝は、薄曇りだった。
風は穏やかで、しかし日差しは雲に遮られている。春らしくもあり、春らしくもない、どちらにも振り切れない天気だ。
キャサリンは普段着に近い装いを選んだ。
目立ちすぎる衣装では、町でエマを尾行することはできない。あくまでも、ただの来訪客の1人として、通りに混じれるくらいの恰好が理想だ。
「ご準備が整いました」
ギルバートが扉の前に立っている。
キャサリン同様、こちらも一目で執事とわかる装いではない。地味な外套を羽織っていた。
うなずき、キャサリンたちは裏口から屋敷を出た。
『今日の午後、少し出かけてもらえるかしら。王都の東側、リネン通りの仕立て屋に布地の確認を頼みたいの。指定の色見本と照合して、問題なければ受け取ってきてちょうだいな』
エマに伝えた文言は変えていない。
これであの日の全貌が見えて来るはずだ。
✿✿✿❀✿✿✿
リネン通りは春の賑わいの中にあった。
石畳の上を、軽やかな足取りで人々が行き交っている。色とりどりの反物が店先に並び、商家の主人が客と笑いながら値段交渉をしていた。
キャサリンとギルバートは、通りの少し手前で馬車を降り、徒歩で進んでいる。
「お嬢様」
「ええ、わかっているわ」
短く応じる。
少し先に、エマの後ろ姿があった。
いつもどおり背筋を伸ばし、布の包みを抱えて歩いている。寄り道する気配もなく、まっすぐに仕立て屋へ向かっているようだった。
通りすがりに、何人かの商人がエマに会釈をする。エマも軽く頭を下げて応じていた。おおかた、屋敷の用事で何度か顔を合わせている相手なのだろう。
仕立て屋の前で、エマがいったん立ち止まった。中には入らず、店先の反物に目をやってから、また歩き始める。
「……。確認は、もう済ませたあとなのかもしれませんね」
「長居をするほどの用件でもないもの」
2人は距離を保ちながら、エマの後を追った。
反対側からも、何人かの通行人が歩いて来る。
エマが角を曲がった――その瞬間だった。
侍女が突然、立ち止まったのだ。
前から歩いて来た人物と、ぶつかりそうになったらしい。
布の包みがわずかに傾いた。
「あっ、ごめんなさい!」
キャサリンの位置からは、相手の顔がはっきりとは窺えない。
うなずき、ギルバートとともに見える位置にまで移動した。
キャサリンが尋ねるよりも早く、執事が狼狽するようにつぶやいた。
「そんな馬鹿な、ダライアス様?」
その声は不自然なまでに固い。顔からは血の気が引いていた。
まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような顔だ。
キャサリンは一度、目をつぶったあとで、じっと相手の姿に視線を向けた。
「……。ギルバート、念のために聞くのだけれど、それはエマのそばにいる人で間違いないのよね?」
「ええ……。お嬢様が驚くのも無理はありません。似ているなんてレベルじゃないですね。完全な生き写しですよ」
キャサリンが胸中で盛大なため息をつく。
――本当に、ベアトリス嬢には感謝してもしきれないわ。
もしも、事前に知らされていなければ、今頃は自分であっても困惑していて、エマたちの様子を観察するどころではなかったはずだ。
ギルバートがダライアスに似ているといった人物こそが、ダミアンを名乗っている者に違いない。
――やっぱりか……。
しかし、キャサリンの目に映ったのは、エマの亡き夫とは似ても似つかない。
それどころか、男ですらなかった。
胸元がぱっくりと開いた挑発的な衣装。
腰まで流れる艶やかな髪に、口元に浮かぶのは蠱惑的な笑みだ。
年のころは、自分よりもいくらか上になろうか。
――私のタイムリープと似た種類の力!
ビオラ以上になまめかしい女性が、そこにたたずんでいた。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




