109 悼むべき命日(4)
ベアトリスからの手紙が届いたのは、2日後の夕刻だった。
封筒の質は控えめだったが、丁寧に蝋で封じられている。表書きのまっすぐな筆跡が、書き手の几帳面さをそのまま反映していた。
中から出てきたのは便箋3枚と、別添の薄い紙が1枚の計4枚だ。
別添の紙には、書物の題名と書き手の名前、そして出版年が記されていた。
すぐさま便箋のほうに目を向ける。
『キャサリン様。ご依頼の件について、気になるもの見つけましたので、お送りいたします』
短い前置きから始まる手紙は、すぐに本題へと入っていた。
『先日、王都の南にある小さな書店で、表題のとおりの本を求めました。著者の名は、社交界には知られておりません。出版されたのは半年ほど前で、評判もほとんど立たなかった作品のようです。書店の主人も、ほとんど売れずに困っていると申しておりました。
内容は、書き手ご自身の半生を綴った私小説でございます。地方の小さな町で生まれ、商家に嫁ぎ、子をもうけ、夫を見送るまでの、ごく穏やかな日々が、淡々と書かれているだけの作品です。はっきり申し上げて、あまり面白くありません。確かに、これでは話題にもなりますまい』
そこで筆者の評価が一度切れ、改行が入る。
『けれど、その中に1つだけ、奇妙な挿話が紛れこんでおりました。書き手の知人が体験したと書かれているお話です。本筋とはほとんど関係がなく、物語であれば取り除かれてもおかしくない一節なのですが、私小説であるがゆえに残ったものなのでしょう。著者なりの慎重さで、本筋に埋もれさせたのやもしれません』
キャサリンは便箋をめくった。
2枚目からはベアトリスによる要約が始まっていた。
『書き手の知人は男性でした。妻を病で亡くしてから、数年が経っており、町外れで1人静かに暮らしていたそうです。
ある日、その男性が、亡くなったはずの妻と通りで出会ったようなのです。最初は他人の空似と思ったそうですが、声をかけてみると、相手は男性の名前を呼び、まるで何年も前から知っているかのように笑いかけて来たと言います。男性は混乱しながらも、相手を妻だと信じ、家に招き入れました』
キャサリンは便箋を持つ手に、わずかに力を込めた。
知らない話のはずなのに、情景がありありと想像できてしまった。
『書き手は、この男性のことを心配して、彼の家を訪ねたそうです。そこで、亡くなったはずのお内儀にも引き合わされました。
わたくしが気がかりでしたのは、その場面の記述にあるのです。書き手は次のように記しています。
「相手がそれを妻だと申しますので、私もどうにかそう信じようと努めましたが、私の目には、紹介された人物が、どうしても男性にしか見えなかったのです」
作品のジャンルは私小説。書き手は、見えたままに記しただけなのでしょう。事実、その後の文章では、自分の見間違いだろうと自身を疑っておられます。
ですが、同じ場にいた二人の人間が、まるで違うものを見ていた。そのこと自体が、すでに尋常ではないように、わたくしには思われるのです』
便箋は3枚目に入った。
『あくまでも一節のことであり、確かなことは何もわかりません。けれど、キャサリン様のお探しの内容に、もしかすると重なる部分があるかもしれないと思い、ご報告だけでもと筆を執りました。お役に立てれば幸いです。
実物がわたくしの手元にございます。お入用でしたら、いつでもお持ちいたします』
キャサリンは便箋を畳んだ。
「……ふぅ」
ベアトリスの慧眼に、思わず溜息がこぼれる。
誰にも振り向かれず、書店の片隅に積まれていた1冊の本。その中に紛れこんでいた、ほんの数ページの記述。それを掬い上げる目を、彼女は持っていたのだ。
――ひょっとしてダミアンを名乗っている者は……。
ある可能性にキャサリンは目を向ける。
全く抱かなかったわけではないが、勝手にありえないと思っていた事柄だ。
むしろ、リディアとクラリスの両方が首を横に振った時点で、真っ先にそのことに思いを馳せなければいけなかったのかもしれない。
窓の外の空が、ゆっくりと色を深めていく。
――ベアトリス嬢には感謝してもしきれないわ。
おかげで、心構えだけはすることできた。
春の夜は、まだ少しだけ肌寒かった。
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