108 悼むべき命日(3)
長屋の路地は、いつもどおりに薄暗かった。
春になっても、この一角だけは日の差し込みが弱い。両側に並ぶ古い建物が、午後の光をほとんど通さないからだ。
ビオラはフードを目深に被ったまま、路地の角を曲がる。
今日の懐も、いつもと変わらない。どれだけビオラの悪評が出回ろうとも、自分だけは違うと思いあがる勘違い野郎が後を絶たないからだ。
長屋の前で立ち止まる。
扉の前で、ふと足音を止めた。
「……」
顔見知りの老人が、向かいの軒先に座っていた。
いつものことだ。
夕方になると、ここの住人たちは申し合わせたように外に出てきて、何をするでもなく時間を潰す。誰かと話したい素振りもないので、家の中にずっと1人でいることに気が滅入っているのかもしれない。
「お嬢ちゃん聞いたかい?」
老人がしわがれた声でビオラに話しかける。
特に知り合いではないのだが、このモーガンだけは浮浪者の格好をしているビオラを、やたらと話し相手に選んだ。
「何を?」
「町のほうでね、変な噂が出回っているんだ」
「……」
「エルフェルトの家がさ、妙なことを聞き回っているらしいんだ。死んだ人にそっくりな男に会ったことはないかとか、同じ顔の人間を見たことがないかとか……。公爵様っていうのは、変わった趣味があるんだねぇ」
「ふーん」
さして興味もなさそうにビオラは生返事をする。
老人たちの情報源など高が知れている。真に受けるだけ損だ。
だが、内容がエルフェルト家という点は気がかりだった。
あそこのキャサリンには、孤児院に寄付していることを以前に看破されている。
決して侮れない相手だ。
そんなエルフェルト家が、死者蘇生と思わしきオカルトを真剣に追っている。
ビオラの直感が何かあると告げていた。
「身の程知らずの震源地はいったいどこなの?」
「ほら、あの……なんて言ったかい。アルジャーノンがやっているのは……」
「古本屋のこと?」
ビオラの発言に、モーガンは嬉しそうに笑った。
「そう、それだよ。侯爵家に深窓の佳人がいただろう? 読書家のお嬢さんが、ここのところずっと古本市場に顔を出していてね、それがどうにもエルフェルト家からの頼まれごとみたいなんだよ」
キャサリンに関連のある読書家で、なおかつ相手が侯爵家ともなれば、それはベアトリスに決まっていた。稀覯本を入手しようという腹づもりなら、いよいよ冗談では済まされない。
「もう少し具体的になったら教えてもらえるかしら? うちの書庫にもまだ、売れるものが残っているかもしれないわ」
モーガンはもう少し話したそうにしていたが、ビオラが扉を開けたのを認めると、それ以上は引き止めなかった。
入室した先で、すぐにビオラはルーシーに向きなおる。
「お義母様。以前、話してくださったことを、もう一度教えてくださいますか? あの日、ハインリッヒ様がなんと言って外出したのか、なるべく詳しく聞かせてください」
唐突なお願いに老婆は目を丸くしていたが、やがてはうなずいた。
「少しばかり長くなるよ」
「構いません。どうせ家に戻ってもすることなんてありませんから」
自分の人生において、ハインリッヒ以上に大切なものなんて存在しない。
メアリーとはまた違う方向で、ビオラもすでに覚悟を決めてしまっていた。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




