107 悼むべき命日(2)
部屋に戻って身支度を整えてから、キャサリンは机に向かった。
春の光が、書類の白い紙面を淡く照らしている。
いつもなら、この時間にはエマが隣に控えているはずだ。だが、今朝はあえて1人にしてもらった。
手を動かす前に、頭の中で順序を組み立てる。
――現時点で、わかっていること……。
ダミアンと名乗る時計修理師はどこにも記録がない。
ダライアスにそっくりだという目撃証言。つまり、亡くなった人間と瓜二つの男が、王都の通りに現れていることになる。
おまけに通常の毒物でも、既知の魔術でもないと来た。
――前例をあたるしかないわね。
キャサリンは新しい紙を2枚取り出していた。
1枚はソフィアに、もう1枚はベアトリスに向けたものだった。
どのちらも文にも、おおよそ同じことを書いた。同一人物を2人見かけたという報告がないかの確認だ。ソフィアには専門書を、ベアトリスには物語を中心に調べてもらうつもりだった。
どちらにもエマの名前は出せない。
誰かを救うために、これまで何度も他人を頼って来た。それなのに、いざ自分の最も近くにいる人間を救うとなると、簡単には頼れなかった。第一、エマが無事である状況をどう説明したらいいのかもわからない。
――ごめんなさいね、2人とも。
恩を仇で返すような形になるが、今は猶予がなかった。
書きおえた手紙に封をして、ベルを鳴らす。
「これを至急、ハルフォード侯爵家とレーヴェル伯爵家へ。返事を待たずに戻って来ていいわ」
「かしこまりました」
使用人が下がる。
キャサリンは椅子の背にもたれかかり、天井を見上げた。
――それから、もうひとつ……。
考えなければならないことが、ほかにもあった。
当日に、ダミアンに会わないようするためだけなら、エマを屋敷から出さないという選択肢もある。
だが、これでは根本的な解決にはならないだろう。命日が過ぎても、ダミアンと名乗る者はどこかにいるのだ。その瞬間だけを回避できたとしても、エマが同じ目に遭わない保証はない。それどころか、不確定な未来のせいでもっと事態がこじれてしまうかもしれない。
答えはおのずと導かれていた。
――私が現場を見るしかないわね。
エマがダミアンに出会う瞬間に、自分も立ち会うのだ。
もちろん、危険は伴うだろう。だが、エマを失うかもしれないという危険に比べれば、どうということはない。
「ギルバート」
名前を呼べば、すぐに扉が開かれる。
「お呼びですか?」
「数日後、町に同行してもらうわ。詳しい話はそのときに」
ギルバートが軽く眉を上げる。
だが、ついに何も聞かなかった。
短く返して、執事は退室する。
扉が閉まったあと、キャサリンは机の上で両手を組んだ。
窓の外では、春の風が中庭の若葉を揺らしていた。
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