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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

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106 悼むべき命日(1)

 最初にキャサリンに届いたのは、紅茶の香りだった。

 次に窓のほうから差しこむ春の光に気がつく。

 寝台脇の卓に置かれたカップから、ほんのわずかに湯気が立っていた。


「……」


 キャサリンは身を起こす。

 体は重くも軽くもない。

 タイムリープの直後にしては、頭の中が静かだった。アンネのときの不安定さが嘘のようだ。


 ――戻って来たわね。


 ベッド脇の卓には、午前中に確認するべき書類の束が置かれている。中身に目を通すまでもなく、日付の感覚はつかめた。ダライアスの命日からは、まだ5日ほど猶予があるはずだ。


 頭では理解していても、心のほうがついてこない。手が自然と、上掛けを握りしめていた。


「エマ……」


 無事なのだろうか。

 名前を呼んでみる。

 返事がないのも当然だ。

 ここはキャサリンの寝室で、エマがいるとすれば廊下か、使用人部屋のあたりだろう。

 身支度もせずに、寝衣の上に薄い羽織りだけかけて、キャサリンは扉を開けた。

 静かな廊下。

 屋敷の朝はいつもこうだ。使用人たちは音を立てずに動き、必要なところに必要な手だけを差し伸べる。それを統率する人間がいるからこそ、この静寂が保たれているのだ。


 階段の中ほどで、キャサリンは足を止めた。

 手すりに手をかけ、ホールを見下ろす。


 ――あっ……。


 見たかった人物がそこにはいた。

 銀の盆を持ったまま、玄関ホールで使用人の1人に何事かを指示している。声まではこちらに届かないが、相手はすぐにうなずいて持ち場へと戻っていく。


 キャサリンの中で、こらえていた緊張が外れた。


「……っ」


 声は出ない。

 代わりに膝から力が抜けた。

 手すりにつかまったまま、その場にへなへなとしゃがみこんでしまう。

 どうにか寸前でこらえると、階段の手すりを支えにして、もう一度だけエマの背中に視線を向けた。

 いつものエマが立って仕事をしている。それだけで涙が出て来るほど、キャサリンはうれしかった。


「……。お嬢様?」


 気配を察したのだろう。

 エマが顔を上げ、階段の上のキャサリンを認めた。

 軽く一礼して、すぐに階段を上がって来る。


「いかがされましたか。お加減でも?」


 うまく言葉が出て来ない。

 駆け寄りたかった。

 その胸に抱きつきたかった。

 無事でよかったと、肩に腕を強く回してしまいたかった。

 手が、ほんの少しだけエマのほうへと伸びる。

 だが、途中で止まった。

 今のエマには理由がわからない。ただ困らせるだけだ。

 キャサリンは伸ばしかけた手を、自分の胸元へ戻した。


「なんでもないわ」

「お顔色がよろしくないようですが……?」

「平気よ。少し怖い夢を見ただけ」


 エマがじっとキャサリンを見つめる。その視線は、いつもより少しだけ長かった。


「お休みなさいませ。今日のご予定であれば、後ほど調整いたします」

「いいの。もう起きるわ」


 キャサリンが背筋を伸ばす。

 エマもそれ以上は追及して来なかった。一礼をして、また階下へと戻っていく。

 その背中を見送りながら、キャサリンは深く息を吐いた。


 ――間に合っている。


 まだ、何も起こってはいない。

 今度こそ食い止めるのだ。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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