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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

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105 青くほころぶ(9)

 ギルバートが屋敷に戻って来たのは、その日の夕刻だった。

 扉のところで一礼してから、執事はベッドに横たわるエマへ視線を向ける。一瞬だけ目を細めるように表情を変えた執事だが、それ以上の反応は示さなかった。


 ギルバートが懐から数枚の書類を取り出す。エマの書類とは癖が違うが、十分に見やすいものだった。キャサリンは受け取らずに目だけで続きを促した。


「ダミアンと名乗る人物について、確認できる範囲を洗いました。時計修理師。王都の外れに工房を持つ。南方の町から出て来て、十五の頃に親方へ弟子入りした――エマ様が聞いたという経歴を中心に探っています」


「それで?」


 ギルバートが意図的に間を置いたのが、キャサリンにもわかった。

 もはや、それが答えであろう。

 確定させるように、ギルバートが口を開く。


「該当する人物は、見つかりませんでした」


 薄々、予感していたこととはいえ、実際に耳にしてしまうと吐き気がした。


「……続けて」

「時計職人の組合にも、ダミアンという名で登録された修理師はおりません。王都外れにそれらしい工房も確認できませんでした。南方の町にも照会を出しましたが、少なくとも職人として王都へ出た記録はないとのことです」


「正直に名乗っていないだけの線は?」


 駄々をこねるようなキャサリンの返事に、ギルバートが目を伏せた。


「……もちろん、ございます。ただ、その場合にも不自然な点が多すぎます。腕のある時計修理師なら、部品の仕入れ先、客筋、修理記録、どこかしらに痕跡が残るはずです。しかし、手前が調べた限りですと、何も見つかりません」


「全く……?」

「はい。まるで、ダミアンという人物など最初から存在していないかのようです」


 部屋が静まり返る。


「……。それなのに、エマは会っているわ」

「はい。そして、そのことをベルクリフ様しかり、周りの人たちも目撃しています」


 伯父にまで頼って聞いてくれたのだから、それは間違いないことだった。


「……ということは姿もわかっているのね?」


 ギルバートが少しだけ言いよどむ。

 それはキャサリンの心配が的中したことを暗示していた。


「証言の多くは一致しています。30代後半で、穏やかな目元の人物。人のよさそうな顔立ちと、やや頼りない印象が特徴です。背格好も声の調子も、ある人に酷似しています」


 わかりきった答えだが、それでも聞かなければならないだろう。

 キャサリンは震えそうになる唇で、執事に疑問の言葉をぶつけた。


「誰に?」

「エマ様の配偶者であった、ダライアス様です」

「……。見間違いではないのね」

「確認のために、ダライアス様についても可能な限り調べました。証言だけなら、ほぼ同一人物と言ってもいいほどです」


「でも、その方は……」

「はい、亡くなっています。埋葬記録もあります。疑いの余地なく、ダライアス様は死亡しています」


 死者が歩いているわけではない。

 そんなことはキャサリンもわかっている。

 だが、エマは見てしまったのだ。

 ダライアスに似た、この世に存在しない男を。


「ダミアン様は今どこに」


 ぞっとするほど冷たい声が出た。

 ギルバートでさえ、話者は本当にキャサリンなのかと確かめるように、辺りに視線をめぐらせていた。


「全く足取りがつかめておりません」

「そう……。ありがとう、もういいわ」


 これ以上、エマをこのままにしておくわけにはいかない。このタイムラインでダミアンを探せないというのなら、確定している過去に会いに行けばよい。


 あの日、エマの身に何が起こったのか、自分の目で確かめるのだ。

 ギルバートは何も言わなかった。

 きっと慰めの言葉を飲みこんだのだろう。賢明な判断だ。

 キャサリンが椅子から立ちあがる。

 長らく座っていたせいで、足元がふらついた。

 横から伸びて来た執事の手を、キャサリンは目線だけで制した。


 ――きっと大丈夫……。


 タイムリープすることに不安がないわけではない。

 アンネを助けようとしたときのことを思えば、正常なルートに戻れない場所まで落ちる可能性だって、決してゼロではないのだ。


 だが、キャサリンにためらいはなかった。


「ギルバート。あなたはこのまま調査は続けて。あとで頼むことができるかもしれないわ」

「承知しました」


 その従順さに、キャサリンは少しだけ救われた気がした。

 エマなら、もっと鋭くこちらを見返しただろう。問いたださずとも、何かを察したはずだ。

 キャサリンはエマの枕元に立つ。

 その顔を、しっかりと目に焼きつけた。


 ――待っていてね。すぐに行くから。


 次の瞬間、キャサリンの足元がふっと消えた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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