103 青くほころぶ(7)
崩れ落ちるエマの体を抱きとめる。
細いと思っていた侍女の体は、熱を帯びていて重かった。
直後、ギルバートが部屋に飛び込んで来る。
「お嬢様!」
「リディア嬢へ至急の使いを! 馬を使って構わないわ。クラリス嬢にも文を出して。記憶に干渉している可能性があると伝えなさい!」
「承知しました」
ギルバートが即座に動く。
廊下に指示の声が響き、屋敷の空気が一変した。
キャサリンはエマを寝台に運んだ。
上掛けをかけても、エマの震えは止まらない。
熱が高い。
だが、単なる発熱とは違う。
体が異変と戦っているように、呼吸の間隔が不規則に乱れていた。
――エマ……。
熱に浮かされたまま、とりとめのないことをつぶやくエマの手を、キャサリンは祈るように握った。
「お願い……」
普段、こんなことをしようものなら、エマは困った顔をしただろう。職務中であることを理由に、淡々とキャサリンを叱ったかもしれない。
今は握り返すことさえ侍女はして来なかった。
「私を置いていかないで」
口にしてから、キャサリンは自分の弱さに気づいた。
助けを必要としているのはエマのほうだ。それなのに、自分のほうが彼女にすがっている。
それでも、しばらくは手を離せそうにない。
春の光を受けて、ガラスの家が淡く輝いた。
「あなたの身に何が起こっているのか。必ず突き止めてみせるわ……」
扉の外では、慌ただしく足音が行き交っている。屋敷全体が、エマを救うために動いていた。
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リディアが到着したのは、それから半刻ほどあとのことだった。
馬車を待つ時間さえ惜しんでくれたのだろう。外套の裾には泥が跳ね、髪も少し乱れている。普段ならば、そのまま調合室に戻してやりたくなるような格好だったが、今のキャサリンにそれを気にかけるような配慮はできなかった。
「すぐにエマさんを見せてください」
挨拶もそこそこに、リディアは屋敷へ入るなりそう言った。
「こちらよ」
キャサリンが先に立って歩く。
廊下を進んでいる間にも、背後からは小瓶の触れ合う音が響いて来た。きっと、リディアが鞄の中身を確かめているのだ。
頼もしい音色だった。
原因が形のあるものならば、取り除けるはずだ。
もはや毒であってほしいとさえ、自分は願っている。
そうすればリディアであれば中和できるだろう。
対処することが可能なのだ。
身勝手な願いが、キャサリンの胸中では何度もくり返された。
「エマ? 入るわよ」
少し手前から声をかけ、ノックをせずに入室する。
エマはまだ寝台の上で浅い呼吸をくり返していた。
額には濡れた布が置かれている。
頬は赤いのに、唇の色だけが悪かった。
「……熱が高いですね」
リディアの顔つきが、薬師としてのそれに変わった。
短く断ってから、リディアが寝台の脇に膝をついた。
まずはエマの額に触れ、次に首筋へ指をあてた。
「脈が乱れています。速いだけじゃない……跳ねるような感じがあります」
「……。危ないの?」
「命に関わるものではないでしょう。でも、普通の発熱でもありませんね」
専門家としての言葉を聞いた瞬間、キャサリンの胸がぎゅっと縮んだ。
やはり、ただの疲労ではないのだ。
「何か口にしたものはありますか?」
キャサリンは首を横に振る。
食事は屋敷で用意したものだ。外出の機会があるといっても、エマが変なものを食べてしまうとは考えられない。
リディアも同意見なのだろう。
うなずいてから鞄を開き、いくつかの小瓶を取り出して並べていく。
「思いあたるものは一通り見ます」
「お願い……」
寝台の傍らに立ったまま、キャサリンはリディアの手元を見つめた。
リディアはエマの瞳を確認し、舌の色を見て、爪先に触れ、さらに髪や衣服に残る匂いまで嗅いだ。リディアを知っているからこそ、その所作が慎重であればあるほど、キャサリンもおのずと緊張してしまう。
「変ですね」
しばらくして、リディアが小さくつぶやいた。
「……?」
「調合された毒物なら、もっと体のどこかに偏った反応が出るはずなんです。お腹、喉、皮膚、瞳……どこかに手がかりが出ます。でも、これは……」
リディアはさらに小瓶を開け、布に薬液を含ませた。エマの手首にそっとあてたが、目立った変化は見られない。今度は、別の薬草を砕いたものを小皿に入れ、鼻先から少し離れた位置に置いた。
「香でもありません。少なくとも、私の知る範囲のものでは」
「未知のものの可能性がある?」
リディアは強く否定しなかったものの、たぶん違うだろうと言いたげな顔をしていた。
「体が戦っているように見えます。異物を排除しようとしているときの反応に似ているんです。でも、肝心の異物がどこにも見つからない」
キャサリンはエマの腕を見た。
上掛けの上に置かれたその手は、痙攣するように震えている。
そうだとするなら、いったいエマは何を拒んでいるというのだろうか。
「薬理の範囲ではないかもしれません。少なくとも、私だけでは手が届きそうにありません。念のため、熱さましだけは置いていきます」
「いいえ……。病のたぐいでないと知られただけでも、十分な成果よ」
「帰ってからも調査を続けます。キャサリン様もご無理をなさらずに……。エマさんほどではありませんが、あなたも心配のしすぎで顔色が悪いですよ」
「あ、ありがとう……。クラリス嬢に来てくれるよう、頼んでいるの」
「それなら安心ですね」
リディアの慰めに、どうにかキャサリンは愛想笑いで応じる。
クラリスの腕を疑ってはいない。
キャサリンも魔術に関わるものであれば、クラリスが看破してくれるだろうと信頼していた。
そして、日が傾きかけた頃に、クラリスが屋敷に到着した。
だが、クラリスよりもたらされた結論は、魔法ではないというキャサリンに絶望的な追い打ちをかけるものだった。
すなわち、それは真っ当な方法ではエマを救うことが不可能であることを意味した。
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