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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

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93 遡行する幻影(11)

「次の角を左です。あとは真っすぐ行けば、あなたの通りに出ます」

「ありがとうございます。助かりました」

「二度はありませんよ」

「……善処します」


 道を覚えるなんてことは日常に必要な行為だろう。そんなものに善処という言葉を使ってもらいたくなかったのだが、困ったように笑うダライアスを見ていると、何も言えなくなってしまう。


 エマは軽く会釈をして、今度こそ自分の帰る方向へ向かう。


「また、お会いできますか?」


 背中越しにかかった声に、エマは振り返らないまま答えた。


「ご縁があれば」


 嬉しそうな声が聞こえた気がしたが、もうエマは歩きだしていた。




✿✿✿❀✿✿✿




 数日後、ダライアスが商家に現れた。

 その日は朝から雨が降っていた。

 細い雨で、石畳を濡らす音も静かだ。客足は少なく、エマは帳簿の整理をしながら、店先の様子に目を配っていた。


 扉が開く。

 小さな鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 顔を上げたエマは、そこで一瞬だけ手を止めた。

 ダライアスだった。

 いつものように少し所在なさげな顔をして、濡れた外套の端を気にしている。


「……。納品でしょうか」


 そんな予定はなかったはずだが、自分が誤っているのかもしれない。念のために尋ねてみる。


「あ、いえ。今日はその……納品ではなく」


 歯切れが悪い。

 いつも悪いが、今日は一段とひどかった。


「ほかにご用件が?」

「はい。あなたにあります」


 ダライアスは胸元から布に包まれた小さなものを取り出した。

 手のひらに乗るほどの大きさだ。丁寧に包まれているが、どこか不格好で、端が少しだけずれている。


「これを」


 差し出された包みを、エマは見つめた。


「……私に?」

「はい」


 ダライアスは真剣な顔でうなずく。

 冗談ではないらしい。


「受け取る理由がありません」

「先日、道を案内していただいたお礼です」


 エマはしばらく包みを見つめてから、結局はそれを受け取った。

 今はまだ仕事中だ。

 この場で押し問答を続ければ、いずれは店の奥にいるミリアムが顔を出す。そうなると面倒なことになるのは目に見えていた。


 布を開く。

 中にあったのは、小さなガラス細工だった。

 花の形をしている。

 淡い薄桃色の花弁に、透明な葉が添えられていた。大きさは指先ほどで、髪飾りにするには少し小さく、置物にするにはやや繊細でもったいない。


 光を受けると、花弁の内側でかすかな色が揺れる。

 単純な飾りではない。見る角度によって、春の空のようにも、朝焼けのようにも映るよう工夫が施されていた。


「これをあなたが……?」

「はい」


 ダライアスは緊張したように背筋を伸ばした。


「まだ売り物にはなりません。親方には、花びらの厚みが揃っていないと言われました」


 ダライアスの謙遜ではないのだろう。花弁を指先で持ちあげれば、実際に揃っていない部分が見られる。


 だが、決して不格好ではない。

 自然な花自体、均一ではないのだ。未熟な技量から来る歪みは、むしろガラス細工を本物のように見せていた。


「なぜ、これを?」

「ドレスは、作れませんので……」


 顔を上げたエマがダライアスのほうを見うある。

 ダライアスは、ごく真面目な顔で続けていた。


「お好きな色なのかと思いまして」


 言葉がすとんと胸の奥に落ちた。

 この男は鈍い。

 道にも迷う。

 会話の間も悪いし、注意がひとつのことにしか向かない。職人としても、まだまだ半人前だ。

 それでも確かに自分のことを見ようとしてくれている。

 露骨な好意とは呼べないものだが、もう少しばかり気を許してもいいのかもしれない。

 貴族だった頃の名残。

 手放したはずの憧れ。

 自分でも見なかったふりをした、ほんの小さな未練。

 それを馬鹿にせず、慰めにもせず、ダライアスは形にして差し出して来たのだ。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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