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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

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92 遡行する幻影(10)

 散会になったのは、夜も更けた頃だった。

 ロルフとミリアムが参加者を見送る中、エマは早々に出口へと向かった。


「あの……!」


 背後から声がかかった。

 振り返ると、ダライアスが外套を着ながら追いかけて来るところだった。


「同じ方向なので……よければ」


 歯切れが悪い。

 送っていきたいのか、それとも単に帰り道が重なるだけなのかが、はっきりしない言い方だ。


「どちらのほうに?」


 エマが問い返すと、ダライアスが通りの名を告げた。

 商家とは逆方向だ。


「私は西ですので、方向が違います」

「あっ、そうか……。そうですよね」


 ダライアスが少しだけ残念そうな顔をした。

 隠しているつもりなのかもしれないが、わかりやすく顔に出ている。


「では」


 エマが踵を返すと、後ろからまたひとつ声がかかった。


「今夜は、話を聞いてくれてありがとうございました。仕事の話なんて、聞いてくれる人があまりいなかったので」


 素直な言葉だった。

 取り繕いが一切ない。

 エマはしばらく黙ってから、短く返した。


「また機会があれば」


 それだけ言って、エマは歩きだす。

 少しだけもったいなかったような気がしないでもない。素直に送ってもらえばよかっただろうか。

 だが、自分からアタックするのはなんだか癪だった。

 最終的に積極さを発揮するのがこちらであっても構わないが、せめて向こうが露骨な好意を示してからだろう。相手を立てるのと、かいがいしく世話をするのとは、似ているようで全然異なる。女性として扱われるのかどうかという点には、天と地ほどの隔たりがあった。


 夜の通りには、春の風が吹いていた。

 角を曲がったとき、ふと足が止まる。

 服飾店のショーウィンドウだ。

 明かりに照らされた飾り窓の中に、一着のドレスが展示されていた。

 淡い春色のドレスだ。

 薄桃色を基調に、裾には白い小花の刺繍が施されている。派手ではない。けれど、よく見れば細部まで手の込んだ、美しい一着だった。


「……」


 エマはしばらく、それを見つめた。

 子爵家の令嬢だった頃、こういったドレスを着ていた。

 舞踏会の前夜、侍女に手伝ってもらいながら鏡の前に立ったこともある。あれはいったい何年前のことだっただろうか。


 もう丸っきり縁のないものだ。

 それはわかっている。だけれども、目が離せなかった。


「きれいですね」


 背後の声に、エマは我に返った。

 振り向けば、ダライアスが立っている。

 さっき別れたはずだが、なぜここにいるのだろうか。どうにもエマを追って来たわけではなさそうだ。


「……。道に迷ったんですか?」


 エマが問うと、ダライアスは少し間を置いてから答えた。


「ちょっとだけ」


 少しではないだろうと思ったエマだったが、黙っておくことにした。

 ダライアスの視線が、ショーウィンドウのドレスに向いている。


「似合いそうですね、あなたに」


 言われて、エマもドレスに視線を戻す。

 何も答えなかった。

 どんな返事をすればいいのか、わからなかったからだ。


「帰り道はご存知ですか?」


 ダライアスが首を横に振る。


「……。途中まで案内します」

「いえ、そんな。夜も遅いですし」

「放っておくと、明日の朝まで違う通りを歩いていそうですので」


 口にしてから、少し言いすぎただろうかと思った。

 だが、ダライアスは傷ついた様子もなく、むしろ真剣にうなずいている。


「たしかに、その可能性も否定できません」

「そこはさすがに否定してください」


 思わず返してしまってから、エマは口を閉じた。

 ダライアスは一瞬きょとんとした後、くしゃりと笑った。

 その笑い方を見て、エマは視線を逸らす。

 まったく、調子が狂う。

 夜の町は、昼間とは少し違う顔をしていた。

 店先の灯りが石畳に落ち、歩く人々の影を細く伸ばしている。春とはいえ、日が沈めばまだ肌寒い。エマは外套の前を軽く押さえながら、迷いのない足取りで通りを進んだ。


 その半歩ほど後ろを、ダライアスがついて来る。


「あなたは、道に詳しいのですね」

「必要でしたので」

「仕事で?」

「ええ。使いに出ることもありますし、商家の者として、どの通りに何の店があるかは把握しておくべきです」


「なるほど……」


 ダライアスは感心したように声を漏らした。


「僕は、どうにも苦手で。工房と納品先を往復するだけなら、どうにかこなせないこともないのですが、少しでも外れてしまうと……」


 そうだろうなという感想を、エマは内心だけにとどめた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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