表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/110

88 遡行する幻影(6)

 その夜のことだ。

 就寝前の習慣どおり、エマは1日を振り返った。

 薬草の買いつけ。市場でのひと騒動。管理人への根回し。

 仕事に抜かりはなかった。

 ところが、思考がそこで止まらない。

 ダミアンの顔が浮かんだ。

 爽快感がありますと言ったときの声。

 惜しいと感じてしまった、あの一瞬。


「……」


 エマは目を開けて、天井を見た。

 蝋燭の火はすでに消してある。暗い天井が、静かに広がっている。

 会いたい。

 そう思ってから、エマは自分の額に手をあてた。

 どうかしている。

 センチメンタルな言葉が、自分の中から出て来るなんて思ってもいなかった。

 夫が亡くなってから、特定の異性に会いたいと感じることは一度もなかった。


「疲れているのかもしれないわね……」


 いつもの結論を出そうとしてみたものの、今夜はどうにも据わりが悪い。

 疲労が無意味に人恋しさを導くものだろうか。

 エマはしばらく黙ったまま天井を見つめていた。

 やがて目を閉じる。

 暗闇の中に、浮かんで来る顔がある。

 ダライアスの顔だ。

 7年間、隣にいた人間……。




✿✿✿❀✿✿✿




 没落というものは、音もなく来る。

 もう何年も前の話だ。

 19歳のエマが実家の没落を知ったのは、秋の終わりのことだった。知らせを受けてから屋敷を出るまでの時間は、驚くほど短かった。長年仕えてくれた使用人たちに別れを告げ、身の回りのものだけを鞄に詰めて、馬車に乗った。


 西部の都市に出て来たのは、ほかに行く場所がなかったからで、深いゆえあってのことではない。

 遠縁の伝手を頼って、とある商家に住み込みの仕事を得た。帳簿の管理と来客の応対。子爵とはいえ、貴族令嬢としての教育が、思わぬ形で役に立った。


 だが、それだけだ。


「……」


 朝に起きて、仕事をして、夜に眠る。

 自分が何のために動いているのかが、わからなくなることがあった。

 このまま、ずっとこうなのだろうか。

 そう思いながら通りを歩いていたある日のことだ。

 職人街の外れに差しかかったとき、工房の前で人影が動いているのに気がついた。

 通りに面した引き戸が開け放たれていて、中の様子が丸見えになっている。

 工房の中には炉があり、その前に男の職人が立っていた。


 吹き竿の先に、溶けたガラスの塊がついている。

 職人が息を吹きこむと、ガラスが膨らんでいく。

 だが、次の瞬間に形が崩れた。


「てめえ! おんなじことを何度やりやがるんだ」


 奥から別の声が飛んで来る。親方だろう。太くて、よく通る声だった。

 エマは眼前の人間がどれだけ怒っていようが、縮みあがることはない。元とはいえ貴族の自覚があったし、そもそも怒鳴り散らすような男を下品だと思っていた。


 下品な相手を前にして感じるのは、不愉快さであり、恐怖ではない。憐れに思うことがあったとしても、怯えることは決してなかった。


 だが、かわいそうなことに職人は違うらしい。


「すいません!」


 短く答えると、竿を持ちなおして、また炉に向かう。

 親方がため息をついて、引っこんでいく。

 少しの間、エマは足を止めた。


「……」


 職人の横顔が見える。20代の前半だろうか。

 眉根を寄せて、唇を真一文字に引き結んでいる。難しい顔だ。あまり格好いいとは言いがたい。ただ、真剣なのだということだけは、遠目からでも伝わって来た。


 また息を吹きこむ。

 膨らんでいく。

 今度は形が保たれるも、竿から外す段で歪んだ。


「ふぅ……」


 職人は歪んだガラスをしばらく眺めてから、また炉に向かった。

 捨てない。

 諦めない。

 何度も同じことをくり返している。

 翌日もエマは同じ場所を通った。

 職人は今日も失敗して、親方に怒鳴られていた。

 3日目も変わらない。

 4日目に工房の前を通りかかると、職人の姿が外にあった。

 完成した作品を木箱に入れているので、納品に出かけるところらしい。

 エマはそのまま通り過ぎたのだが、少しだけ気になったので帰りに寄ってみることにした。

 職人は木箱を抱えて、とぼとぼと歩いていた。横目でちらりと箱の中を覗いてみれば、作品がそのままだった。


 突き返されたのだと直感で理解した。

 職人の肩が落ちている。

 足取りは重い。

 それでも、木箱を抱きかかえる腕は丁寧だった。商品にならなくとも、乱暴に扱うつもりはないらしい。


 エマは立ち止まって、その背中を見送った。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ