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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

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86 遡行する幻影(4)

 老職人は60を過ぎた、無口な男だった。

 エマが事情を説明すると、男は黙ったまま部品を受け取った。指先でなぞり、光にかざし、それから小さな道具で表面を削る。断面を見た老職人は、エマにつまらなそうな顔を向けた。


「粗悪品だ」


 たった一言。

 だが、それで十分だった。


「上物を使ったのは表面の加工だけ。中身はがらくただな。こんなものを時計に入れたら、半月も持たん」


「ありがとうございます」


 エマが一礼して、商人のもとへと戻っていく。

 老職人がついてくるわけではないが、彼が口を開いたのを周囲の露店商人たちも認めていた。市場の空気が、先ほどよりも少しだけ強張っている。


「お聞きになりましたね?」


 商人の顔には、まだ余裕の色があった。それがかえって、エマの警戒を高めた。

 まだ何かある。

 そう思った瞬間、商人が手を叩いていた。

 どこに潜んでいたのか、両脇から男が2人現れる。商人仲間というよりも、雇われた牢人といった風情だ。


「ちょっと待ってくれ!」


 商人が急に声を張り上げた。

 周囲の視線が集まって来る。計算した上での大声だと、エマは理解した。


「この男、以前も同じことをやったんだ。品物を買っておいて、後から難癖をつけて返金を要求する。俺の店だけじゃない、ほかの店でも似たようなことをしていた。だよな?」


 促された2人の男が、大きくうなずく。


「そうそう、俺も見たぜ」

「問題客だって話は聞いていたよ」


 ダミアンが目を丸くした。

 言い返す言葉が見つからないのか、口を開けたまま狼狽している。

 周囲の人々がざわめきはじめた。

 商人はその騒ぎを利用するように、さらに声を大きくした。


「それどころか、こちらとしては精神的な損害だって馬鹿にならない。変な噂がついたんじゃ、たまったものじゃないからな。返金どころか、こっちが賠償を求めたいくらいだ」


 巧妙だ。

 偽物を売った事実から、人々の目をそらすために事態を誇張している。ダミアンを問題客に仕立て上げて、自分たちを被害者に見せる算段だ。


 エマは静かに、商人と2人の証人を交互に見た。


「では、確認いたしましょうか」


 エマの声は決して大きなものではなかった。

 それでも、場の空気を引き寄せるだけの落ち着きがあった。

 喧騒がいくらか鎮まる。


「ダミアン様が以前にも同じことをしたとおっしゃいましたね」

「そうだよ。何度もだ」

「初めて問題を起こしたのはいつ頃のことですか? 加えて、ここ以外の店についても、具体的な場所を教えてください」


 商人が一瞬だけ、目を泳がせた。


「さあ……半年ほど前か……。場所は、この通りのもう少し奥にある――」

「それはおかしいですね」


 エマが力強く遮った。


「ダミアン様がこの市場を利用されるようになったのは、つい最近のことです。半年前には、この通りにはいらっしゃらなかった。違いますか、ダミアン様?」


 そもそもエマがダミアンを薬草売りに案内したのは、市場通りに不慣れだったからだ。ダミアンはナンパをするような性格ではないだろうが、仮に自分とお茶がしたかったのだとすれば、もう少しストレートに誘っているだろう。


 道を知らないなんて古典的な手は使わないはずだ。本当にわからないからこそ、エマに尋ねたに決まっていた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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