85 遡行する幻影(3)
この日のエマには、薬草の買い付けという用事があった。
市場通りに入ったのは、昼をいくらか過ぎた頃合いだった。
春の日差しが石畳を照らし、露店に置かれた色とりどりの品々を鮮やかに映えさせている。
行き交う人々の声は重なり合って、通りに市場特有の賑やかさを満たしていた。
薬草商で必要なものを揃えてから、エマは帰路につこうとした。怪我や病気ではない。一部の紅茶は薬草として売られているので、それを手にしているだけである。
ふと、少し先の露店に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「あの方は……」
ダミアンだった。
露店の前に立ち、商人と何事かを話している。
様子が変だ。
頼りない点は相変わらずだが、大人しい男にしては身振りが多すぎる。
エマは足を止めた。
耳を澄ましていれば、商人の声が風に乗って聞こえて来る。
「言いがかりはやめてもらいたいものだね。こいつは正真正銘、職人御用達の品だ。それをわかって買ったんじゃないのか?」
「それにしては素材が……」
「素材? あんた、時計師のくせにそんなこともわからないのか? 恥ずかしくないのかね」
ダミアンは困ったように口ごもっている。
商人は50がらみの、がっしりとした体格の男だ。声が大きく、立ち居振る舞いに慣れた図太さがある。内気なダミアンでは相手が悪いだろう。
少し迷った末に、エマは足早に近づいた。
「何があったんです?」
声をかけると、ダミアンが振り返った。
その顔に、驚きと同時に安堵の色が浮かぶ。
「エマさん……。実は、先日こちらで買った時計の部品が、どうにも様子がおかしくて。返金をお願いしているのですが、応じてくれずほとほと参っているんです」
ダミアンの手元に目をやった。
小さな金属の部品が、布の上に整然と並べられている。
軽く断ってから、手に取ってかざしてみる。
「……」
素材の扱いは、侍女の仕事の中で自然と身についたものだ。
金属の質感、重さ、光の反射加減などから、大体のところまでは類推できる。一目で粗悪品だと理解できた。
一見すると、表面の加工は丁寧だ。
しかし、芯の素材が明らかに安物だった。
削れば崩れる。
使えば歪む。
精密な時計の内部に組み込んだところで、すぐに壊れて動かなくなるに決まっていた。
エマは部品を布の上に戻し、商人のほうに向きなおった。
「職人御用達の高級品とおっしゃいましたか?」
「そうだぜ。何か文句があるか」
「ええ、確認したいことがあります。表面の加工に用いられている金属と、内部の素材が一致していません。職人御用達の品であれば、芯まで同じ素材を使うはずですね。内側を安物に替えた理由はなんでしょう? 騙して高く売ること以外にあるのなら、教えてください」
商人の顔が、一瞬固まった。
だがすぐに、鼻で笑う。
「何を言っているんだ。あんたは時計師でもないのに、そんなことがわかるのか?」
エマは動じない。
「なるほど、私の言葉だけでは不十分かもしれませんね。お待ちください」
エマが市場の中をさっと見渡した。
視線が一点で止まる。
3つ先の露店に、工具を並べた老職人が座っていた。
「では、あちらの方に、鑑定をお願いしてみましょう」
商人の顔が、かすかに動く。
エマはすでに歩き出していた。
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