84 遡行する幻影(2)
薬草店までの道すがら、会話が生まれた。
エマから話しかけたわけではない。
歩きながら、ダミアンがぽつぽつと声を出しているのだ。
「時計の修理を始めてもう12年になるんですが、部品の仕入れだけはいつまでたっても慣れなくて」
「……」
「値切りの交渉が、どうにも苦手で……。向こうもプロですから、すぐに足元を見られてしまうんです」
恥ずかしそうに笑うダミアンを、エマは横目で窺った。
頼りなくて、どこか手のかかる性格。それでも人の悪意に触れて来なかったかのように純真で、心の底から憎むことはできない。
やはりダライアスを彷彿とさせる。
くすぐったいような居心地の悪さを感じて、エマは少しだけ歩みを速めた。
「こちらです」
薬草店の前で立ち止まる。束ねた薬草が軒先にいくつも吊り下げられている外観は、いかにも老商にふさわしい。
「助かりました」
ダミアンが心底ほっとした表情を浮かべていた。
そのまま踵を返すエマの背中に、ダミアンの慌てたような声がぶつけられた。
「よかったら、待っていただけませんか? 一緒に茶でも……。お礼をさせてほしいんです」
断るべき理由はいくつでも思い浮かんだ。
忙しいし、次の用事がある。それに見知らぬ相手と、茶を飲むような習慣はない。
だが、夫の命日に出会ったダミアンという壮年に、他人の空似では済まされないものを感じたのも確かだった。
「……少しだけなら」
ひょっとすると、これがダライアスへの供養になるのかもしれない。そんな思いを感じたエマは、不本意ではあったが、ダミアンの提案を了承していた。
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市場の端に、小さな茶店がある。
混んでもなく、静かでもない、ちょうどいい賑やかさの店だ。
向かい合って座ると、ダミアンは注文を取り終えてから、少しだけ改まった顔をした。
「エマさんは、普段は何を? てきぱきとされているので、秘書でしょうか?」
「侍女として働いています」
「貴族の屋敷ですか」
嫌みのない言い方だった。
侍女を雇う場所は限られているので、詳しく説明せずとも合点がいったらしい。
エマはカップを両手で持ちながら、ダミアンのほうを見た。
整った顔立ちではない。
どちらかといえば、愛嬌のある顔だ。
「ダミアン様は、王都の出身ですか?」
「いいえ、南のほうにある小さな町から来ました。15の頃に親方のところへ弟子入りして、そのままここに居ついています」
「だとすると、ご家族は……」
「ええそうです。両親とは離れて暮らしています。ほかには兄が一人。……あなたは?」
自然な問いかけだったのだろう。ダミアンの顔に、特別な意図は見えない。
「何年も前に夫が。住み込みなので、私も父母には長らく会っていませんね」
エマはあっさりと答えた。
こういう問いに対して、エマは取り繕う必要を感じない性分だ。第一、調べればすぐにエルフェルト家の侍女であることはわかるだろう。そこから芋づる式に情報を集めることも可能だ。
そこまで考えをめぐらせてから、一般人は人物調査などしないことに気がついて、エマは口元に苦笑を浮かべた。もうずいぶんと、キャサリンの手先として働くことが板についてしまっている。
その苦笑をどのように捉えたのか定かではないが、ダミアンは押しつけがましい慰めを言わなかった。
「そうでしたか」
相槌を打つのみで、それ以上は踏みこんで来ない。
意外な対応に、エマはわずかにダミアンに興味を持った。
他人の悲しみを不用意に深掘りしないことは、思っているよりも難しい。よほど気をつけていないと、ただ腫れ物として扱うのと変わらなくなってしまう。
しばらくは他愛のない話が続いた。
市場の値切り交渉のこと。
春になって修理の依頼が増えたこと。
王都の東と西では、石畳の石の色が違うこと。
気がつけば、約束の時間が近づいていた。
「そろそろ失礼します」
エマが立ち上がると、ダミアンも慌てて腰を浮かせた。
「今日は本当にありがとうございました。おかげで助かりました」
「いいえ」
エマは短く返して、店を出た。
春の風が、また無遠慮に頬をなでる。
もしも、ダライアスと出会うのが今の年齢だったならば、なれそめはこんな感じになったのだろうか。
「ふっ」
詮のないことを思ったと、エマは首を振って再び苦笑する。
ダミアンへのとまどいは、以前よりも明らかに薄くなっていた。
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