83 遡行する幻影(1)
3日後、エマはまた町に出た。
今度はキャサリンの指示ではない。
薬草の買い付けと、クラリスに文を届けるという、自分で段取りをつけた用事をこなすためだった。
リネン通りとは別の、少し古い市場通りを歩く。
石畳はでこぼこしていて、行き交う人々も東側の道よりも庶民的だ。露店が軒を連ね、威勢のいい売り声がそこかしこから聞こえて来る。
薬草商に立ち寄り、リストに沿って必要なものを揃えていく。慣れた作業だった。専門知を必要としているわけではないので、この時期に忙しいリディアの手は煩わせたくない。
頭の中では次の用事のことを考えながら、手だけが動いていた。
商人から釣り銭を受け取ったとき、後ろから声が飛んで来た。
「あの……少し前にリネン通りで」
振り返る。
いつかと同じ顔が、そこにあった。
「あなたは……」
「やっぱりそうだ。荷物を持っていた方ですよね? 先日は確認もせずに失礼してしまって」
壮年が少し照れたように笑う。
顔全体の皺が寄ったように、目元がくしゃっと縮む。
似ているなんていうレベルではない。完全な生き写しではないか。
わざとエマは一拍、間を置いた。
警戒というよりも、純粋にとまどっていた。
「……。お気になさらず。荷物も無事でしたし」
「よかったです。あのあと少し気になってしまって……。王都は広いので、また会えるとは思っていなかったんですが」
本当に偶然なのだろう。
壮年の声音に、下心のたぐいはあまり感じられない。単純に、再会を喜んでいるだけの様子だった。
はっとしたように壮年が顔を改める。
「すみません、自己紹介もまだで! ダミアンと申します。王都の外れで時計の修理をやらせてもらっています」
名前を告げながら、ぺこぺことダミアンが頭を下げる。
夫の人名と、共通する響きを持ってはいるが、確実に異なる音だった。
ほっとしたような、どこか残念なような心持ちになったエマは、しばらく黙ってから極々短い返事をした。
「エマです」
一礼もせずに、視線を前へと戻す。
不愉快な相手ではない。
むしろ、大げさに言うならば夫に酷似したダミアンに親しみさえ感じていた。
その意味で、決して嫌いではないのだが、大切な思い出が汚されてしまうような、言いようのない不快感があった。
ダミアンのせいではないのだが、なるべくこの男とは関わりたくない。
注意していないと、気を許してしまうような、そういう危うさだ。
エマの葛藤など知りもしないのだろう。平然とダミアンは会話を続ける。
それは図々しいというよりも、間の抜けていると言ったほうが近かった。
「ちょっと教えていただいてもいいですか? この市場で、干したカモミールを売っている店をご存じないですかね。慣れない場所で、なかなか見つけられなくて」
エマの足が止まる。
市場の地理なら頭に入っているのだ。わざわざ隠すほどではないだろう。教えて、それで終わりだ。
「3つ先の角を右に曲がったところに、薬草専門の老夫婦の店があります。そちらにあるはずです」
ダミアンがくり返しながら、指を折って確認している。その仕草が妙に頼りなく見えて、気がつくと、エマは小さくため息をついていた。
「ご案内します。どうせ帰り道ですから」
言ってから、余計なことを口走ったと思った。
驚いた顔をしたダミアンだったが、まもなく感謝を述べながらはにかんでいた。
「……」
仕方のない人だ。
こんなところまで夫に似ていなくてもいいのにと、胸中で独り言ちてからエマは歩きだしていた。
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