第206話 倉庫を一つにせず、荷集め一時間十二分を十四分にする
西側から送られてきた倉庫配置図を見て、最初に浮かんだ案は一番分かりやすかった。
金属材を一か所へ集めればいい。
鉄材倉庫。
銅材倉庫。
加工前材置き場。
商会ごとの一時保管場所。
現在は五か所に分かれている。
それを出荷前に一つの倉庫へまとめておけば、荷車が何か所も回らなくて済む。
だが、その案を口にする前に、レイナが図面の端を指した。
「これ、毎日全部こちら向け?」
「いや」
ブラントが西側から届いた記録を確認した。
「こちらへ来るのは全体の二割前後です。残りは王都方面、北部、それから西側の工房向けです」
「じゃあ集めたら、また戻す?」
フィンが聞く。
その通りだった。
こちら向けの荷車を速くするためだけに、全商品の保管場所を変えれば、他方面の出荷が遠くなる。
倉庫を一つにまとめれば分かりやすい。
だが「分かりやすい」と「効率がいい」は同じではない。
俺は図面の中央に大きな倉庫を書くのをやめた。
「倉庫は動かさない」
領主が図面を見る。
「では、荷車が五か所を回るのか?」
「荷車が来てから集めるのをやめます」
問題は、荷物が分散していることではなかった。
荷車が到着してから、
今日どの品を出すか確認し、
倉庫へ人を走らせ、
品物を探し、
量を確認し、
運び出し、
荷車のところまで持ってくる。
それを五か所で繰り返していた。
だから一時間十二分かかった。
なら、荷車が到着する前に終わらせておけばいい。
「でも、一か所へ集めるんじゃないの?」
フィンが聞いた。
「一か所には集める。ただし倉庫を作らない」
空いている場所を探した。
西側の倉庫群と街道出口の間。
普段は荷車の方向転換や、一時的な積み替えに使っている石敷きの広場がある。
屋根はない。
壁もない。
商品を保管するには向かない。
だが半日だけ荷物を置くなら十分だった。
そこへ新しい倉庫を建てるのではなく、出発する荷車一台分だけを先に持ってくる。
保管場所ではない。
《出荷待ち場所》だ。
レイナが図面へ四角を書いた。
「置きっぱなし禁止」
「そうする」
広場を倉庫代わりに使い始めれば、いずれ荷物が溜まる。
昨日出なかった荷。
明日出す予定の荷。
行き先未定の荷。
とりあえず置いた荷。
そうなれば結局、新しい倉庫が一つ増えるだけだ。
だから置けるのは、その日の出発が確定している荷だけ。
出発便ごと。
荷車一台分ごと。
積み込み開始の少し前からだけ置く。
出なかったものは元の倉庫へ戻す。
「戻す仕事が出るのか?」
領主が聞いた。
「出発しない荷まで持ってきた時だけです」
「なら、出ることが決まってから集める?」
「はい」
新しく作ったのは倉庫ではなく、一枚の出荷票だった。
一号車。
細鉄材、何束。
板鉄材、何枚。
送り先。
出発予定。
どの倉庫から出すか。
担当者名は書かない。
誰が取りに行くかまで中央で決め始めると、現地の人員配置までこちらが管理することになる。
各倉庫は、自分の欄に書かれた分だけ、決められた時間までに出荷待ち場所へ持ってくる。
全部揃ったら、荷車が来る。
それだけだ。
ただし、ここでも一つ問題があった。
「早く集めすぎたら?」
ミナが指摘する。
金属材だから雨に濡れて即座に駄目になるわけではないが、広場へ何時間も放置するのはよくない。
盗難もある。
荷札の取り違えも起きる。
かといって直前すぎれば、今までと同じように荷車が待つ。
西側へ過去十二便の記録を出してもらった。
荷を揃えるために必要だった時間。
最短二十六分。
最長一時間十二分。
平均四十八分。
ただし内訳を見ると、実際に運んでいる時間より、「次の倉庫へ伝えに行く」「担当者を探す」「何束出すか聞き直す」という時間が多かった。
出荷量を前日に確定できた便だけなら、各倉庫が荷を出すのに必要なのは二十分前後。
そこで、最初の試験では荷車到着予定の三十分前を締め切りにした。
二台分。
昨日と同じ細鉄材と板材。
西側で試してもらう。
出発三十分前。
一号車分。
五倉庫中、四倉庫が搬入済み。
残り一つ。
出発二十三分前。
最後の細鉄材が到着。
一台分が揃う。
二号車分も、出発十八分前には揃った。
荷車到着。
御者は荷台を確認し、そのまま積み込みへ入る。
以前のように「次はどの倉庫です?」と聞く必要がない。
荷物が来るのを待つ必要もない。
一号車。
到着から出発まで十六分。
二号車。
十四分。
先日、一時間十二分遅れた二号車が。
十四分で出た。
フィンが報告を読み、思わず聞き返した。
「五か所から集める時間込み?」
「集めるのは荷車が来る前に終わってる」
「じゃあ荷車側から見ると十四分?」
「そう」
もちろん、仕事が消えたわけではない。
倉庫から広場へ金属材を運ぶ人間はいる。
ただし、その仕事は荷車到着後に集中していない。
各倉庫が自分の空いている時間に、三十分前までという期限へ合わせて動ける。
結果として、人間側の総作業時間も少し減った。
以前。
荷集めから出発まで、五倉庫合計で延べ二時間三十七分。
今回。
延べ一時間五十二分。
四十五分減。
大きかったのは、走る回数だった。
不足を伝えに行く。
数量を聞き直す。
荷車側から倉庫へ催促する。
それがほぼ消えた。
新しく増えたのは、前日に出荷票を書く時間。
二台分で七分。
差し引いても減っている。
さらに。
三台目を試せる余裕ができた。
前回は、西側の積み込み人員が足りなくなると判断して使わなかった荷車だ。
荷車自体は空いている。
御者もいる。
護衛も確保できる。
問題だった荷集めが十四分前後まで縮まったなら、同じ日の別の時間帯にもう一台出せる可能性がある。
ゼフが西側の担当者へ確認する。
返事は早かった。
《午後便なら対応可能》。
ただし、ここで俺たちは三台目まで金属材で埋めなかった。
今度は実際の需要を見る。
細鉄材の不足は、二台追加した時点で解消した。
板材も通常便と合わせれば足りる。
残っている不足は銅材だった。
それも荷車一台を満載するほどではない。
「半分空くね」
フィンが言った。
「なら帰りだけ半分でもいい」
「勿体なくない?」
フィンは言ってから、自分で笑った。
「……これ、昨日やったやつか」
そうだった。
空いているから埋める。
荷車があるから何か運ぶ。
その考え方へ戻る必要はない。
必要な分だけ運ぶ。
三台目には銅材と、納期が近づいている工具用鋼材だけを載せた。
積載率六十一パーセント。
それで十分だった。
往路には、西側から注文の入っていた保存食と木製容器を積む。
こちらは八十四パーセント。
一日三便。
新しい倉庫なし。
追加人員なし。
夜間作業なし。
三台目まで無理なく動いた。
三日後。
こちら側へ到着した金属材を集計する。
通常週比。
細鉄材、一六・八パーセント増。
板材、一一・三パーセント増。
銅材、一四・五パーセント増。
工具用鋼材、九・一パーセント増。
金属材全体。
一五・六パーセント増。
前回の十四・二パーセントをさらに上回った。
だが、今回の成果は量だけではなかった。
西側で追加便を一台動かしたにもかかわらず、荷車の待ち時間は、
前回最大一時間十二分。
今回最大十七分。
平均十五分。
三台合計でも四十五分。
以前なら一台だけでそれ以上待つことがあった。
御者が待たない。
護衛も待たない。
馬も待たない。
そして倉庫担当者も、荷車に急かされながら走らない。
ゼフが報告書を見て言った。
「護衛側から苦情が一つ減った」
「何の?」
「『いつ出るか分からない荷車の横で立っている時間が一番嫌だ』だそうだ」
分かる。
危険な仕事なら、それなりに集中もできる。
だが何も起きない場所で、「もうすぐ出る」と言われたまま一時間待つのは疲れる。
フィンが笑った。
「効率化したら、暇な時間まで減った」
「暇というより拘束時間だな」
「何もしてないのに帰れない時間」
それは、現代にいた頃にも嫌というほど見た。
仕事量だけを数えると見えない。
待機。
確認待ち。
承認待ち。
荷物待ち。
相手待ち。
何も作っていないのに、人の時間だけを使う。
その時間を消せるなら、かなり大きい。
夕方、領主へ結果を報告した。
領主は最初に数字を見るより、倉庫配置図を眺めた。
「結局、倉庫は一つも移していない?」
「はい」
「新しい集積倉庫も?」
「建ててません」
「広場に屋根も?」
「今は不要です」
「それで一時間十二分が十四分?」
「最短です。平均では十五分です」
領主は笑った。
「以前の私なら、大きな中央倉庫を建てろと言っていたかもしれんな」
「それでも速くなったと思います」
「だが建築費がかかる」
「維持費も」
「そして他方面の荷まで遠くなる」
そこまで自分で言った。
もう説明する必要もなかった。
中央に集めることが悪いわけではない。
本当に全体が速くなるならやればいい。
今回は、物の置き場所を変えなくても、出す順番だけ変えれば十分だった。
建物を建てるより。
人を増やすより。
荷車を増やすより。
まず待たせない。
今日の結果をまとめた。
貨幣輸送削減で空いた荷車三台を商品輸送へ転用可能。
西側の倉庫五か所は統合せず維持。
出発確定分だけを三十分前までに既存の広場へ揃える方式へ変更。
新設倉庫、零。
追加人員、零。
夜間作業、零。
荷車到着後の最大待ち時間、一時間十二分から十七分。
平均十五分。
一便あたりの荷集め関連延べ作業時間も削減。
三台目まで運行可能となり、金属材輸送量は通常週比一五・六パーセント増。
追加三台目の積載率は六一パーセントに留め、不要な荷物を増やすための発注は行わなかった。
そして。
金属材不足による工房側の遅延見込み。
零。
ここまで書いて、久しぶりにきれいに終われそうな気がした。
銅貨不足から始まった一連の問題が。
両替。
相殺。
町間精算。
領外精算。
荷車転用。
そして金属材輸送まで繋がった。
これなら一区切りつけてもいい。
そう思っていたところで、ミナが工房側の新しい集計を持ってきた。
最近は誰が紙を持ってきても驚かなくなった。
「今度は工房?」
「はい。ただ、材料不足ではありません」
「じゃあ何が足りない?」
ミナは一枚目をこちらへ向けた。
金属材の在庫。
問題なし。
職人の人数。
変化なし。
注文数。
ほぼ変化なし。
それなのに。
農具修理工房の仕掛品――つまり、作業途中の品だけが増えていた。
三日前。
七件。
昨日。
十三件。
今日。
十九件。
フィンが数字を見て眉を寄せる。
「材料が増えたのに、完成しなくなった?」
「正確には、作り始める数が増えたのに完成数があまり増えていません」
俺は工房別の記録を見る。
細鉄材が足りなかった時は、材料待ちでそもそも作業を始められなかった。
材料が来た。
止まっていた仕事を一斉に始めた。
その結果。
各職人の作業台に、修理途中の農具が並び始めた。
柄を外した鍬。
金属部分だけ研いだ鎌。
補強金具を待つ鋤。
焼き入れ前の部品。
作業はしている。
誰も怠けていない。
それでも完成品が思ったほど増えていない。
レイナが一枚ずつ工程記録を追い、ある場所で止まった。
「始めすぎ」
「やっぱり?」
「たぶん」
材料が足りない時には見えなかった。
材料が潤沢になったからこそ。
今度は、仕事を同時に抱えすぎる問題が表に出てきた。
材料を増やす。
作業を増やす。
忙しくなる。
なのに完成品は増えない。
これは少し面白い。
俺は報告書の最後へ一行を追加した。
《材料不足解消後、仕掛品7件→19件。着手数は増えたが完成数はほぼ横ばい。工房は、一度に何件の仕事を始めるべきか》
倉庫の荷物を待たせる時間は減らした。
次は。
作業台の上で仕事そのものを待たせない番だった。




